仕事を終えて帰ってきた私に向かってダンナが叫んだ。
「シカゴの女子はみんな、カマラ・ハリスを真似て、コンバースを履いた写真をフェイスブックに投稿してるねん」
カマラ・ハリスは、真珠のネックレスをしているときでも、コンバースを履いている。
この新しい政権を喜んでいる人はたくさんいるけれど、中でも黒人女性の喜びはひとしおだ。
「ざまーみろっ!これからはバイデン&ハリスの時代や!キチガイ白人至上主義者なんか消え失せろー!」
1月20日、彼は第46代大統領就任式の映像を、何度も繰り返し、一日中観ていたらしい。
この日、正午から始まった大統領就任式は、コロナウィルス感染とトランプサポーターの攻撃を警戒して、人数を制限して行われた。また、前大統領のトランプが就任式に出席しないという異例の事態もあった。
しかしながら、ジョー・バイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領の新しい政権に期待を寄せる人々に見守られて行われたこの就任式は、とても穏やかで、「結束」という希望にあふれたものだった。
式典は民主党議員のエイミー・クロブシャーによる、
「本日のセレモニーは244年間に渡る民主主義の集大成です」
「1月6日に起きたテロは我々を目覚めさせた。私たちは民主主義を取り戻し、すべての国民の自由と正義のために、神様の下で、分断されることのないひとつの国家として前進する」
というスピーチから始まった。
ミズーリ州上院議員のロイ・ブラントは、
「この就任式は分断ではなく、統一の瞬間だ。二週間前の強襲によって、私たちは、政府の目的は調和を保つこと、そして破壊しやすいけれど、回復力があることを思い出した」
と語った。
バイデンファミリーの友人でもある、カトリック司祭のリオ・オドノヴァンの言葉は心に響いた。
「アメリカ人の愛国心は差別と権力から生まれたのではない。慈愛の心から生まれたのだ。・・・異なる背景、文化を持つ、様々な人種がこの国には存在する・・・他の人に目を向け、理解し、そして寄り添おう。それが愛だ。・・・完全な結束に向けて、共に夢を抱き、調和し、正義を持って行動しよう」
リオは、2015年にバイデンの息子、ボーが癌のために46歳という若さで亡くなったときに、告別式の執行司祭を務めている。
続いて、レディー・ガガが国家「星条旗」を斉唱した。
ジェニファー・ロペスは、「我が祖国」「アメリカ・ザ・ビューティフル」を歌った。
その後、檀上に立ったバイデン大統領は、20分間にわたる演説で連帯を訴えた。
「今日は、ひとりの男が勝利した日ではなく、民主主義が勝利した日です」
「1863年、エイブラハム・リンカーンが奴隷解放宣言に署名をしたとき、“私は全身全霊をここに注いだ”と言った。私もまた、この国をひとつにまとめるために、国民の連帯を実現するために、全身全霊を込めています」
「合衆国を、憲法を、そして民主主義を守るために、私はすべての国民の大統領となります」
「我々は結束して、ウィルスを克服し、雇用を回復し、人種の平等を手に入れなければならない。次世代のためにベストを尽くさなければならない」
「民主主義と正義は衰退するのではなく、ここで栄えるのです」
「そして我が国は、連帯、愛、癒し、善をもって、再び世界を照らす光となるのです」
続いて、22歳の詩人、アマンダ・ゴーマンが「我々が登る丘(The Hill We Climb)」を朗読した。
「夜が明けるたびに問いかける。この永遠に続く影の中で、我々は光を見つけることができるのだろうか?と。
私たちは多くのものを失いながらも、人生の大海を突き進む」
「荒波の中をもがいて渡る私たちは、この国の目撃者だ。この国は崩壊したのではなく、未だ、完成すらしていない」
「奴隷を先祖に持つ、痩せっぽちの黒人の少女が、大統領になることを夢見ることができる。その彼女のために詩を朗読できる。
私たちはその国と、そして時代の後継者なのだ」
「互いの違いについて考えることをやめて、未来に目を向けて、分断を終わらせよう。武器を捨て、その腕を伸ばし、互いに手を取り合おう」
「私たちは永遠に結束するだろう。そして勝利を手にする」
「私たちがこの時代に敵うとすれば、その勝利は刃ではなく、私たちがこれまで架けてきたすべての橋にある。私たちが勇気を出してその丘を登れば、そこには約束された地がある」
「私たちは過去へ戻るのではない。未来へと進むのだ。どんなに傷ついても、我々はひとつになり、力強く、自由な国へと向かう」
「私たちは決して引き返さない。中断することもない。なぜなら、私たちが行動を起こさなければ、その惰性は次世代に引き継がれ、それが我々の未来になるからだ」
「私たちは慈悲と権力を、権力と権利を融合し、子供たちに愛という遺産を贈ろう。そうすれば、子供たちが生まれながらに持つ権利が変わるだろう。
私たちは、我々に与えられた国よりも、より素晴らしい国を子供たちに残そう」
「夜が明けたとき、その影の中から、勇気を出して、一歩を踏み出してみる。
私たちが解き放されたとき、新しい時代のその光は、大きく大きく広がっていく。
私たちに光を見る勇気があれば、私たちが光になる勇気さえあれば、光はいつもそこにあるのだ。」
彼ら黒人の先祖たちは、次世代に自由と平等を残すために、これまでずっと戦ってきた。
彼らが望んでいるのは分断に対する復讐ではない。平和、調和、そして希望なのだ。
言葉を用いて世の中を変えたい、というアマンダの詩、そしてその朗読に多くの人が心を動かされた。
今回、この場に立つことを推薦したのは、バイデン夫人である。
「あなたはイエローがとても似合うわね」
というバイデン夫人の言葉に応えて、この日の衣装は黄色に決めた。
また、彼女が身に着けているフープのイヤリングと指輪は、オプラ・ウィンフリーからのプレゼントだ。
鳥籠の中に入った小鳥をモチーフにしたこの指輪は、黒人の偉大なる詩人、マヤ・アンジェロウの自伝「歌え、飛べない鳥たちよ(I Know Why The Caged Bird Sings)」にちなんでいる。
そしてこの式典の最後は、黒人のシルヴェスター・ビーマン牧師による祝祷だ。
デラウェア州で牧師を務める彼は、バイデン大統領の28年来の友人だ。
長年の友人に祝祷を依頼したバイデン大統領には、黒人コミュニティにおける問題をないがしろにしないという覚悟がある。
2020年6月、ジョージ・フロイド氏の事件の後、ジョー・バイデンは、ビーマン牧師の教会を訪れた。このとき彼はひざまずいて、就任した際には、100日以内に人種差別と警察官の監督管理問題に取りかかることを誓った。
ジョー・バイデンから祝祷の依頼があったとき、ビーマン牧師は
「ジョー・バイデンは、彼の人生の中で神の存在を探し求めたことがある。彼は人生の深い闇を経験している。彼は神の存在を信じ、その言葉に耳を傾け、そして祈った。
私たちには神の御心に従う大統領が必要だ。この恐ろしい世の中に癒しをもたらし、分断した国を和解させることができる人物がいるとすれば、ジョー・バイデンしかいないだろう。この国は、彼の誠実さとリーダーシップを必要としている」
と語った。
ジョー・バイデンは、1972年に最初の妻と幼い娘を交通事故で失くし、2015年には息子のボーを癌で失くしている。そんな彼が、神の救いを求め、暗闇から這い出し、前に進む姿を、ビーマン牧師は見ている。
「私たちを傷つけ、対抗する者の中にも、友人になれる人がいるだろう」
「あなたの栄光、威厳、権力が永遠でありますように。私たちのすべての信仰における、その偉大な名において、栄光あれ。アーメン」
という彼の祈りは、政党、信仰の異なる人々を含む、すべての国民のために捧げられた。
この式典で、もうひとり忘れてはいけない人物がいる。カマラ・ハリス副大統領をエスコートした、ひとりの黒人男性、キャピタル警察のユージーン・グッドマンだ。
彼は1月6日の議事堂襲撃事件の際、暴徒たちを誘導し、議員たちがいる部屋へ向かうことを阻止した。議員が負傷することなく、この事件が誘拐や殺人に至らなかったのは、彼の判断と活躍があったからなのだ。
今回の就任式では多くの黒人にスポットライトが当たった。
就任式の後、ジョー・バイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領をホワイトハウスまでエスコートしたのは、ハリス副大統領の母校、ハワード大学のマーチングバンドだ。
この大学は、人種差別のために教育が受けられなかった黒人のために、南北戦争後から設立された伝統的黒人大学(HBCU)のひとつだ。
カリフォルニア州オークランドで、インド移民のシングルマザーに育てられたカマラ・ハリスが、黒人にとって身近な存在である、もうひとつの理由である。
バイデン大統領は、
「このたび、女性が副大統領に就任した。世の中は変わらないなどと、言わないでください」
と言っていた。
民主党は上院議会で共和党と同数の議席を得た。上院の採決は副大統領のカマラ・ハリスに一任されている。
そして下院議会の民主党の議席は過半数を超えた。
この国が変わるための準備はできている。
1月20日、新しい政権は、人種の融合、平等、平和を望む、多くの国民に見守られて、希望をもってスタートした。
身魂を投げ打って、この国の結束のために尽くすことを約束した、ジョー・バイデン大統領と、大統領をサポートするカマラ・ハリス副大統領の成功、そして安全と健康を祈りたい。
この国のすべての人々が、我が子だけではなく、すべての子供たちの未来のために、互いに手を取り合える日が訪れますように。
https://www.youtube.com/watch?v=seltr3ffdPk
るる・ゆみこ★神戸生まれ。大学卒業後、管理栄養士で数年間働いた後、フリーターをしながらライヴへ行きまくる。2004年、音楽が聞ける街に住みたいという理由だけでシカゴへ移住。夜な夜なブルーズクラブに通う日々から一転、一目惚れした黒人男性とともに、まったく興味のない、大自然あふれるシアトルへ引っ越し、そして結婚へ。