〇嘘ばっかり
トランプは、10月22日に行われた大統領選討論会でも嘘をついた。
「おれは、リンカーン大統領を除いては、黒人コミュニティのために過去いちばん貢献している大統領やぞっ!!!」
嘘や。
これは黒人差別に興味がない人でも、わかるような嘘だった。
過去4年間、大統領就任以降、黒人下院議会は、アフリカンアメリカンが向き合っている問題を話し合うために、何度かトランプに面会を求めた。
これに対し、大統領は返事すらしていない。もちろん、彼らが提出した、125ページにわたる計画書も無視されつづけている。
さらにトランプはこうも言った。
「おれはHBCUのために貢献している。HBCUが毎年、議会に援助の依頼に来なくていいように、おれはHBCUプログラムにパーマネントの資金援助を与えた。残念なのは、彼らが依頼に来る必要がなくなって、彼らに二度と会えないことだ・・・」
HBCU(Historically
Black Colleges and Universities)は、黒人コミュニティのために設立された短大や大学だ。現在、アメリカ国内に101の学校がある。
このスピーチの後、16年間HBCUの代表を務めるウォルターが、
「大嘘です」
と話していた。
トランプが話していたプログラムは、6つある中の1つのもの。
もともとこれはブッシュ大統領が始めた支援なのだ。
オバマ大統領は、この2年間のプログラムを10年間の支援プログラムに変更した。年間85億円の予算に加えて、対象を他のアジア人やヒスパニックの教育施設に広げて、およそ200憶円を追加した。
ところが、トランプは大統領になったときに、このプログラムを終わらせ、予算を軍事費に回してしまった。復活したのは、民主党が再度議会に通過させたからだ。
「大統領はすでにあった支援プログラムを、自分が始めたように話しているだけ。彼はHBCUのために、何ひとつしてませんよ」
とウォルターは言っていた。
嘘つき大統領は、
「HBCUのメンバーは俺のことが大好きなんや。彼らは素晴らしい人たちで、俺たちはとてもいい関係を築いている」
と言っていたけれど、ウォルターがトランプと面会したことは一度もない。
〇NBAより面白い?ビッグ3
さて、話は飛ぶ。
「NBAよりおもしろいかも・・・」
BIG3を観ていたダンナが言った。
BIG3は2017年に創設された3人制バスケットボールリーグでだ。
FEBA(国際バスケットボール連盟)が運営する3on3のルールをベースに、よりシンプルに、得点率がより高くなるようデザインされている。
タイムクロックはなく、先に50点を獲得したチームが勝利する。また、4ポイントサークルが設けられているので、最後の最後まで逆転の可能性を捨てられない。
さらに、チームのメンバーやコーチは、27歳以上の元NBA プレイヤーと、インターナショナルプレイヤーなので、NBAファンにとってはたまらない。
BIG 3は、究極のバスケットボールファンによって考え出された、最高のスポーツエンターテイメントなのだ。
その創始者が、ラッパー、アクター、プロデューサーとして活躍する、アイス・キューブと、彼のビジネスパートナーのジェフ・クワティネッツだ。
2018年、BIG3はアディダスと、3年間のパートナーシップを結んだ。
初年度はFOX SPORTSの録画放送だったけれど、2018年には実況中継へ、2019年にはCBSでも放送されることになった。平均視聴率、観客動員数も確実に増えている。
当初は8つだったチームも、今では12チーム。NBAのオフシーズン中に、1日3ゲームが毎週2回、8週間に渡って16都市で開催される。
しかも、単なるエンターテイメントではない。
2019年、BIG 3 とアディダスは各都市の恵まれない地域の子供たちのために、3on3バスケットボールリーグ、「ユース(Youth) 3」を立ち上げた。
Youth 3では、子供たちの技術向上のために、BIG3の選手によるクリニック(実技指導)が行われる。
BIG3の試合前日、開催地入りした選手たちが、その都市のYouth 3に所属する子供たちを指導するのだ。
子供たちは選手たちから3on3の技術、BIG 3のトリックや秘訣を習う。
レッスンで技術が向上するにつれて、子供たちは自信を持つ。そして、互いに良いチームメイトになることも学んでいく。
さらにトーナメントに勝利したグループには、BIG 3の試合観戦がプレゼントされるので、彼らのモチベーションはグングン上がる。
Youth 3はポジティブで、生産的な大人の育成を目指すと同時に、子供たちに、NBAやインターナショナルプレイヤーになる可能性と希望を与えている。
子供たちだけではなく、元NBAプレイヤーたちも、もう一度コートに立つチャンスと、収入を与えられたことになる。その価格は1ゲームにつき、約1万ドル(100万円)。この金額に賞金やボーナス、さらにリーグの売り上げの52%が選手たちに分配される。
2020年からは、年齢制限は22歳以上になり、NBA以外のアスリートもトライアウトに参加できるようになった。
現役で活躍できる期間が短いスポーツ選手にとっては嬉しい限りだ。そして、その選手の多くが黒人だ。
NBAをはじめ、アメリカのプロスポーツは白人によって運営されている。
「NBAは好きやけど、客席が映されるたびに、いや~な気分になる」
と、ダンナが言うように、NBAの試合を観ていると、コートにいる選手は黒人だけれど、客席を埋めているのは白人がほとんどだ。
経済的な問題もあるけれど、白人だらけの場所へ入っていく黒人はそれほどいない。
しかし、BIG3は違う。フロントサイドには、アイス・キューブをはじめ、黒人ラッパーや、黒人セレブリティがズラリと並んでいる。そして、客席には多くの黒人の姿がある。
アメリカのスポーツ界で、このような景色がかつてあっただろうか?
さすが、黒人たちが愛してやまないアイス・キューブである。
〇アイス・キューブとは
アイス・キューブは、これまでも音楽や映画を介して、この国における黒人差別を世の中に伝えてきた。
そしてハリウッドで獲得したポジションと経済力を利用して、彼は黒人コミュニティ救済のために動き始めた。
ところが、である。
今月の13日、
「アイス・キューブは、トランプ大統領の“プラチナムプラン”を支持し、発展のために協力している」
と、トランプキャンペーンのアドヴァイザー、カトリーナ・ピアソンがTwitterに書き込んだ。
プラチナムプランは、トランプ大統領が、次の4年間で、黒人コミュニティに対して行う支援計画だ。黒人下院議会の計画書から抜粋したような内容だ。
投票日1か月前に突然できあがったプランで、たった1ページだけ。
これには驚いた。
トランプが政権をとった2016年、アイス・キューブは、
「絶対に支持しない!」
と断言していたのに・・・。
2018年、彼は、「Arrest
The President(大統領を牢屋にぶちこめ)」という曲をリリースしたのに・・・。
つい最近は、
「おれの、“ブラックアメリカ”は、黒人コミュニティを救うためのプランや!他のマイノリティは含まれてない!この国で暮らす黒人を救うために戦う!」
と言っていたのに・・・。
なんで???
なんでトランプなんだ???
これに対するアイス・キューブの説明は、
「おれは、黒人と、それ以外のアメリカ人との経済的格差を改善するためなら、この地球上でパワーを持つ、いかなる人間に対してもアドヴァイスをする!」
というものだった。
どうやら彼は、トランプの“プラチナムプラン”ではなく、“ブラックアメリカ”プランを勧めるために、トランプ陣営とミーティングをしていたらしい。
事実、彼はジョー・バイデンが所属する民主党にもアプローチをしている。
「民主党の人たちはナイスや。“ブラックアメリカ”の内容にも賛同してくれた。でも、ジョー・バイデンの返事は、選挙に勝ったら話し合いのテーブルにつく、という内容やった。民主党の政策は不明瞭やった」
ということで、アイス・キューブは民主党側との交渉を取りやめた。
それでもなぁ・・・当選後の話し合いはもっともだと思う。
ジョー・バイデンは、「The Biden Plan For Black America(ブラックアメリカのためのバイデンプラン)」をすでに提示している。そこには、詳細なプランが22ページにもわたって記されており、“ブラックアメリカ”を十分にカバーする内容だ。
やはり、なんでトランプ???という気持ちでいっぱい。
トランプ大統領が、黒人コミュニティのために何かするとは思えない。
もちろん、私以上に衝撃を受けたのは黒人コミュニティだ。Twitterにはアイス・キューブを責める言葉が次々と書き込まれた。
ダンナも複雑な心境らしく、無言でアイス・キューブが説明している動画を見つめていた。
ここで登場した人物が、ジャーナリストのローランド・マーティンだ。
彼は、黒人たちの、ついでに私の「なんで???」を解決し、あちらこちらから攻撃されているアイス・キューブを救済するために、彼自身がホストを務める番組、「ローランド・マーティン・アンフィルタード」にアイス・キューブを招待した。
結論から言うと、トランプキャンペーンの人たちが、アイス・キューブとミーティングをした事実を利用して、黒人票を得ようとしただけだと思う。
事実、アイス・キューブ自身、トランプと面会したこともなければ、ホワイトハウスへ行ったこともなかった。
Twitterに書き込んだ、カトリーナ・ピアソンのことすら知らなかった。
アイス・キューブは、
「おれは、“ブラックアメリカ”を推し進めようとしているだけや。おれは誰も支持してないって言うてるやん!なんで誰もわかってくへんの?」
と、逆に彼の言葉ではなく、カトリーナ・ピアソンの言葉を信じたことに、憤りを感じている様子だった。
彼は、黒人コミュニティのために、政治家を動かそうとした。動かせると思ってしまったのだろう。
ローランド・マーティンは、アイス・キューブに紹介するために、公民権運動家のアリシア・ガルザを番組に招待していた。
The Black Future Lab(ブラック・フューチャー・ラボ)の代表を務める39歳の彼女は、トランスジェンダーや、有色人種に対する差別や暴力をなくすための活動を続けている。
「私はこの活動を20年間続けているけれど、毎日、犯罪予告が送られてくるだけで、状況はほとんど変わってません。黒人コミュニティを救うためのショートカットは、絶対にない!」
という彼女の言葉は重かった。
信じがたいことだけれど、今の時代になっても、彼ら公民権運動家たちは活動を続ける中で、命の危険を感じているのだ。
それでも、その事実を裏付ける事件はいくつもある。例えば、今回の大統領選挙では、それが顕著に確認できる。
10月8日、ミシガン州の民主党知事誘拐を計画していた13人が逮捕されたことは、記憶に新しい。
容疑者たちは、大統領選挙前にミシガン州の議会議事堂を襲撃し、ホイットマー知事と、政府関係者を誘拐して、ミシガン政府と法執行機関を転覆することを企てていた。
このホイットマー知事は、コロナウィルス感染拡大防止のため、3月に外出禁止令を出したために、トランプ大統領から攻撃され続けていた。
また、前回の大統領選討論会で、トランプ大統領は、
「投票場へ行って、厳重に監視しろ」
というメッセージをトランプサポーターに送った。
10月22日、フロリダ州にある投票場に、投票を妨害するために、武装した2人の男が現れた。
10月21日、フロリダ州とアラスカ州では、
「トランプに投票しなければ、危険な目にあうぞ・・・」
という強迫メールが投票者たちに送り付けられた。
この発信元は、第一回大統領選討論会で登場した、極右の、暴力を賛美するグループ、プラウドボーイズだと考えられている。
これらの暴力はトランプ大統領をサポートする、一般市民によるものだ。
彼らは、アメリカの白人社会を維持するためなら、どんなことでもする。そして、その社会をこよなく愛しているのが、現在の大統領なのだ。
アリシア・ガルザは、アイス・キューブに釘をさした。
この国の黒人差別は半年や1年の計画で変わるものではない。
そして、彼女たち活動家たちは皆、命がけで活動を続けている。
ローランド・マーティンも、
「プラチナムプランには、5兆円を支援すると書かれてるけど、5兆円すべてが黒人コミュニティに支援されるわけじゃないよ」
と、アイス・キューブに説明した際に、
「俺はジャーナリストやから、この言葉のトリックがわかる」
と言っていた。
アイス・キューブは政治家でも、ジャーナリストでも、公民権活動家でもない。彼はアーティストで、セレブリティなのだ。
もちろん、黒人の問題を解決するためには、多くの分野でパワーを持つ人たちが協力しなければならない。
「これを機会に、お互いのプラットフォームを利用して、戦っていこう!」
というローランドの言葉で、番組は終了した。
今回、彼は自分の力を使う場所を間違ってしまったけれど、彼のその行動は、黒人コミュニティを救うためのものだった。黒人を裏切ろうとしたわけではない。
彼に対する批判はまだまだつづいている。
「おれはバイデンに投票したけど、バイデンよりもお前のことを信用してるで!」
というメッセージや、彼のことを応援するメッセージも掲載されるようになって、なぜか私もひと安心。
さて、ローランド・マーティンが支援のトリックをアイス・キューブに説明した際、
「トランプが過去4年間に、俺たちのために何かしてくれた?あいつは嘘つきやねんで」
と言っていた。
〇マイノリティへの光
大統領選挙まであと少し。現在、ジョー・バイデンがリードをしている。
ホワイトハウス通信員を23年間務めている、黒人のエイプリル・ライアンは、この国におけるシステムを変えようとすると、必ず逆風がやってくると話していた。
1863年、リンカーン大統領の奴隷解放宣言、1865年に南北戦争が終結すると、南部諸国はブラック・コード、ジム・クロウ法を制定し、黒人の公民権回復を阻止した。
1950年以降、キング牧師、ケネディ大統領の活躍で、公民権運動が高まりを見せると、二人とも暗殺された。
2009年は、オバマが黒人初の大統領に就任し、マイノリティに希望の光が差したけれど、トランプ大統領は、それらすべてを払拭した。
2020年、今回は巻き返しを見せる番だ。
大統領がウソをつく、暴力による支配が許される社会はもういらない。
正義を貫く人たちが危険な目にあう、何もしていない人が警察官に殺される、そんな社会はいらない。
大人たちが次世代の子供たちのために、正しい社会を作ろう。
子供たちに夢や希望を与えることができる、そんな世の中になりますように!<了>
るる・ゆみこ★神戸生まれ。大学卒業後、管理栄養士で数年間働いた後、フリーターをしながらライヴへ行きまくる。2004年、音楽が聞ける街に住みたいという理由だけでシカゴへ移住。夜な夜なブルーズクラブに通う日々から一転、一目惚れした黒人男性とともに、まったく興味のない、大自然あふれるシアトルへ引っ越し、そして結婚へ。