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〇大統領のうそ

 8月8日のできごとである。
「われわれはアフリカ系アメリカ人、アジア系アメリカ人、ヒスパニック系アメリカ人の雇用数において、新記録を更新した!」
 と、トランプ大統領が記者会見で発表した。

「ウソつけーーーっ!!!」
「黒人はほとんど変わってないやんかーっ!」
「大統領がウソついてどうするねんっ!」
 と、われわれ夫婦は画面に向かって抗議をする。

 労働省が7月末に発表した統計によると、アジア系の失業率は13.8%から12%に、ヒスパニック系は14.5%から12.9%に減っているけれど、黒人のそれは、この1か月で15.4%から14.6%に減っただけ。1%にも達していない。
 そして、白人の失業率は10.1%から9.2%まで下がったので、白人と黒人とのギャップは5%以上に広がった。この比率は、コロナが始まって以降、最高記録だ。

 といっても、これらの情報は、テレビ局によって伝え方は異なる。
 例えば、FOXニュースでは、人種別失業率ではなく、全体の失業率が11.1%から10.2%に下がったことにフォーカスしている。
 このFOXニュースは共産党寄り、トランプ大統領寄りの発言をすることで知られていて、今回のコロナに対する大統領の対応についても、60%以上のキャスターが、
「大統領の対応は素晴らしい!彼は立派に仕事を果たしている!」
 と伝えている。コロナによって16万人以上もの人々が亡くなっているにも関わらず・・・である。
 もちろん視聴者も、その6割が共産党支持で年配の白人。
 それでもこれは怖い。マスメディアの影響は大きいのだ。
 
 例えば、今回の警察リフォームにしても、民主党は「首絞め行為禁止」「警察予算削減」「令状なしの家宅捜査禁止」を提案しているのに対し、共産党は、このすべてにおいて、逆の提案をしている。
 もしFOXニュースだけを視聴し、キャスターのもっともらしい説明を聞き続けていたら、自分の考えが、それに冒されていく可能性は十分ある。
 とはいえ、この国で黒人が番組を所有することは、簡単なことではない。

 5月25日、ジョージ・フロイド氏が亡くなったとき、黒人の活動家とニュースメディアで働く人々は、
「黒人が所有する、全国ネットの黒人トークショウやニュース番組がほとんどない!!!」
 ということに気付いた。

〇黒人とメディア

 キング牧師が亡くなった1968年、ワシントンDCのラジオステーションでは、ピティ・グリーンが、彼のトークショウ番組を通して、人々に落ち着くよう呼びかけつづけ、ワシントンDCの暴動鎮圧に役立った。
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 1992年、ロスアンジェルスのサウスセントラルで起こったワッツ暴動のときは、スティーヴィー・ワンダーが所有する、コンプトンのラジオステーション「KJLH」に、ラッパーのアイス・Tが出演して、黒人たちに暴動をやめるよう語りかけた。
 現在もローカルのラジオステーションはあるけれど、多くの人は、ラジオではなく、ケーブルテレビとインターネットから情報を得るようになっている。
 ところが、黒人をターゲットとしたケーブルテレビ番組は、なぜか有料だ。つまり、黒人には低所得者が多いにも関わらず、黒人の情報番組を観たければ、基本料金に加えて、その番組料金も支払わなければならないということ。
 もちろんYouTubeを検索すれば、黒人問題にフォーカスした、黒人が所有するニュース番組を無料で視聴できる。しかし、黒人問題に興味のない人や、インターネットを使わないお年寄りが、これらの番組を観る確率は低い。 

 以前は、局は少なかったけれど、ラジオの電源を入れるだけで、黒人からのメッセージや情報を、無料で手に入れることができた。それに対して現在は、多くの情報を手に入れることが可能になったけれど、そのためにはパソコンや携帯を所有し、こちらからアクセスしなければならなくなった。

〇億万長者たちのメディア支配

 そして、これらラジオ、テレビ、ケーブルテレビ、新聞、雑誌などのメディアをコントロールしている人たちが、この国の億万長者だ。白人たちだ。
 彼らは国内のナショナルニュースペーパー、例えばワシントンポスト、ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムスや、いくつかのローカル・ニュースペーパー、オンラインの出版社、ケーブルネットワークを買い取り、所有している。
 例えば、FOXニュースの親会社は、トゥエンティ・センチュリー・フォックス株式会社。世界のメディア業界で、最も力を持つ人物と言われているオーナーのルパード・マードックは、ウォールストリート・ジャーナルをはじめ、世界5か国で120ものニュースペーパーをコントロールしているのだ。
 誰もが知っているAmazonのジェフ・ベゾスは、2013年に2億5千万円でワシントンポストを購入した。
 同じ年、メジャーリーグのRed Soxのオーナー、ジョン・ヘンリーは、ボストン・グローブを7千万円で購入した。  。
 億万長者の彼らはメディアを操り、自分たちにとって都合のよい情報を人々に与え、ビジネ
スをさらに発展、繁栄させることに成功する。
 逆にメディアをコントロールできない黒人は、ビジネスを大きくすることが難しいだけではなく、自分たちの言葉で、国民にメッセージを送る媒体すらないということになる。
 つまり、これらメディアのコントロールも、この国における黒人差別を隠し、黒人がパワーを持たない、持てないようにするためのシステムのひとつなのだ。そして、それは現在も続いている。
 1928年に、この国でテレビやラジオの放送が始まってから、1970年代までは、すべての番組枠が白人男性所有の放送局に与えられていた。
 その後、FCC(米国通信委員会)が改善にのりだし、いくつかの番組枠が、マイノリティのオーナーにも与えられるようになったけれど、2013年における所有率は、テレビ局、FM局でたったの6%、AM局で11%だった。
 2015年、この状況に対して、黒人コメディアンで、TVプロデューサー、ビジネスマンのバイロン・アレンが立ち上がり、
「黒人にはチャンネル枠が少ししか与えられていない。これは、黒人メディアに対する差別だ
ー!!!」
 と、ケーブル通信のコムキャストとタイム・ワーナー・ケーブルを2億円で訴えた。
 残念ながら、70ページにもわたるこの訴訟は、
「差別だとは思わない」
 という理由で、地方裁判所から、巡回裁判所に送り返されてしまった。
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 しかし、巡回裁判所が地方裁判所の判決を却下したので、彼はこの訴訟の続行を決意した。メディアは、彼らが他の人種と同じパワーを持つための、なくてはならない大きな手段なのだ。
 バイロンは決してあきらめない!


〇ニュース番組 News One Now


 さて、数少ない黒人所有のケーブルテレビ局の中で、よく知られている局に、TV Oneがある。もちろん有料だ。コンサート、ドキュメンタリー、黒人コメディなどの番組があり、私たちもよく観ていた。その中でも2013年から始まった、ニュース番組、“News One Now”は素晴らしかった。
 この番組のホストを務めた、黒人のローランド・マーティン(Roland Martin)はテキサス州
出身。彼はシカゴ・ディフェンダーの編集長を経て、シカゴのラジオ局のトークショウ、TV
One初のニュース番組(日曜日のみ)でホストを担当した後、“News One Now”に抜擢された。

 News One Nowは月曜日から金曜日までの5日間、1時間にわたって、政治、経済はもちろん、様々な事件を報道するのだが、黒人の視点で解説されたニュースはこれまでにないものだった。
 しかし2017年12月、テレビ局の予算がカットされたという理由で、この番組は突然打ち切られ、黒人ヒストリーとリアリティの重要な情報源がテレビから姿を消した。
 もちろん、ローランドもあきらめない!
 映画でもドラマでもなく、ドキュメンタリーでもなく、ニュース番組を通して、黒人の真実の言葉を国民に届け、黒人コミュニティをサポートできるのは彼しかいない。
 2018年9月、ローランドは彼自身がホストと編集長を務める、“ローランド・マーティン・アンフィルタード”を開設した。この番組は、多くの黒人パネラーが、ニュースや政治を分析し、黒人エンターテイメント、スポーツ、カルチャーなどの情報を365日発信する、歴史上初の黒人によるオンラインショウだ。
 なんと、今では3千万人もの視聴者がいる。私もその中のひとりだ。
 それにも関わらず、この番組には予算がない。不思議なことである。


〇国勢調査を早める

 話は少し変わって、先日、トランプ大統領が2020年のアメリカ国勢調査を、10月31日から1か月早めて、9月30日に終了すると発表した。
 10年ごとに人口を調整する国勢調査は、合衆国憲法で義務付けられており、その統計は、合衆国下院における各州の議席数を決定したり、学校給食、病院、道路、ヘルスケア、スモールビジネス、学生ローンなど、今後10年間の国の予算を、どこに、どのように分配するかを決定する際に使用される。
 つまり国勢調査の解答は、10年後のコミュニティやビジネス、自分たちの子供の将来にも影響を与えるので、とても重要なのだ。 
 しかし、2020年はコロナが全国的に広がり、6割程度しか回収できていない状態。国勢調査員は、
「10月末までに数え終わらない」
 と言っている・・・にも関わらず、トランプ大統領は、調査終了を1か月も早めるという。
 その理由は、回答していない4割のほとんどが、黒人や移民などのマイノリティだからだ。
 国勢調査員たちは、彼らの家庭を訪問し、用紙への記入を促さなければならないけれど、2か月足らずで全ての調査を終えることは不可能だ。もちろん、シューティングが多発する、黒人コミュニティへ、彼らが足を運ぶとは思えない。運んだとしても最後だろう。
 つまり調査期間を短くすることにより、2030年までの10年間、黒人や移民の多いコミュニティには、十分な予算が分配されない結果を招くことになる。


 さて、国勢調査により、ケーブルテレビ局などのメディアにも予算が分配されるけれど、その分配は、アメリカの大手広告代理店、ヤング&ルビカムに一任されている。
 問題は、黒人メディアに分配される割合だけれど、ヤング&ルビカムは、黒人メディアにも、そのマーケティングをする、黒人所有の広告代理店にも予算を与えていない。
 政府はすべての予算をヤング&ルビカムに与えることにより、黒人の広告代理店、報道関係、メディアを凍結させ、事業展開ができないようコントロールしているのだ。
 要するに、この国における差別という遺産は、メディアの世界でもずーっと引き継がれているということだ。
 しかし、黒人たちはあきらめずにがんばる!
 ローランドはこれらの事実を自分の番組ですべて公にして、追及している。彼は決して怯むことなく、真実を伝え続けている。
 このことで予算の分配が変わるとは思わないけれど、彼の事業をサポートしようする企業は出てくるかもしれない。
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〇マジック・ジョンソン、ショーン・コムズ、オプラ・ウィンフリー

 また、元NBAのマジック・ジョンソン、パフ・ダディとして知られる、ラッパーのショーン・コムズ、最も影響力のある黒人女性、オプラ・ウィンフリーは、彼ら自身のケーブルテレビ局を開局した。
 黒人は、自分たちの言葉を国民に伝える媒体を、少しずつ手に入れている。
 そして2020年6月、最高裁判所まで持ち込まれたバイロン・アレンの訴訟は、コムキャストがバイロンに3チャンネルの枠組みを与えることで、和解となった。この5年間の戦いが和解に至った原因は、ジョージ・フロイド氏の死と、BLMの運動の影響が大きかったと考えられて
いる。
 バイロンは現在、コムキャストに次ぐ、大手ケーブル会社のチャーター・コミュニケーションズを相手に訴訟を起こしている。
 彼ら黒人たちは、次世代のために、ジョージ・フロイド氏の死が無駄にならないよう、がんばり続けている!
 がんばれーーーー!!!
<了>



るる・ゆみこ★神戸生まれ。大学卒業後、管理栄養士で数年間働いた後、フリーターをしながらライヴへ行きまくる。2004年、音楽が聞ける街に住みたいという理由だけでシカゴへ移住。夜な夜なブルーズクラブに通う日々から一転、一目惚れした黒人男性とともに、まったく興味のない、大自然あふれるシアトルへ引っ越し、そして結婚へ。

http://blog.livedoor.jp/happysmileyface/