
「おっ!可愛いアフロベイビー。トゥウィンズ(双子)かな?」
ダンナと買物をしている途中、ショッピングカートの上にチョコンと座った、アフロヘアの二人の姉妹を発見。3歳くらいかな? 一度は通り過ぎたけれど、ダンナが突然、二人の方へ向かって歩き出した。
「エクスキューズミー、レディース。あなたたちの髪はとても素敵やね!ホントに美しい!!」
一瞬、キョトンとした表情で、ダンナを見つめていたけれど、次の瞬間、二人の顔が笑顔でいっぱいになった。


少女たちのママも嬉しそうな表情で、子供たち、そしてダンナを見て、お礼を言った。
ママはスカーフで頭を巻いていた。きっと、二人の子供たちの世話が忙しくて、自分の髪をセットする時間がないのだろう。
少女たちが、ダンナの言葉をずっと覚えていてくれたらいいなぁ。
アフロヘアは、黒人のナチュラルな姿、彼ら自身を象徴する。
けれどもアメリカ社会は、長い歴史の中で、ストレートヘアと白い肌を美しいとし、アフロヘアと黒い肌を醜いとしてきた。
そして、美しい、ストレートヘアの白人には、この国のすべての権利を与え、アフロヘアの黒人からは、すべての権利を奪った。
黒人は、真実を見抜かなければならなかった。
彼らの髪、肌の色は、本当に醜いのか?それとも、醜いと思わせようとしているのか?
真実は、もちろん後者だ。
目的は、彼らが自信を失くし、自分の価値を見失うことにより、黒人から、社会と戦うパワーを奪うことだ。
とはいえ、真実を理解しても、子供の頃からその存在を否定されてきた彼らが、自信を持つことは簡単なことではない。
「Black is beautiful」
と彼らは言うけれど、それは自慢ではない。
自尊心を奪われ続ける世の中で、
「黒人の存在は美しく、尊い!」
と自分たちに言い聞かせ、鼓舞しなければ、社会に押しつぶされてしまうからだ。
黒人のアイデンティティであるアフロを受け入れることは、彼ら自身を受け入れることを意味する。
アフロヘアは、彼らの誇り、フリーダムの象徴なのだ。
アフロヘアは、アフロテクスチャー・ヘアという髪のタイプに分類される。
“縮れた”という意味で、ナッピー(Nappy)、キンキー( Kinky)ヘアとも呼ばれるその髪質は、とても柔らかく、繊細だ。
コイル状に伸びるその髪のパターン、密度、感触は様々で、肌の色同様、三者三様。
髪、頭皮はとてもセンシティヴで、黒人女性の50%以上が、部分的、全体的な脱毛症を経験している。
アフロテクスチャー・ヘアは、髪の扱いを知っている人の手によって、時間をかけてセットしてもらわなければならない。
子供時代は、ママ、グランマ、親戚のおばさんが、彼女たちの髪をセットする。
ウィークデイは皆、忙しいので、ヘアデイ(髪をセットする日)は、一週間か二週間に一度の、土曜日か日曜日だ。
場所は台所やバスルーム。
髪を濡らした後、おさげ、ブレイズ(編み込み)、ストレートなど、髪をセットしてくれる人とおしゃべりをしながら過ごす、女性だけの大切な時間だ。
大人になると、髪をセットする場所は、自宅の台所やキッチンから、ヘアサロンへと移る。
土曜日のサロンは、大人の女性たちのおしゃべりと笑いであふれている。
BGMはソウルミュージックだ。
自分の髪を理解してくれる美容師とおしゃべりをしながら、髪をセットしてもらいながら、互いの人生をシェアする。
抑圧された社会で生きる彼女たちにとって、美しくセットされた髪は、喜びだ。
そして、美と喜び、安堵を与えてくれる美容師は、彼女たちにとって信頼できる家族のような存在だ。
その関係は20年、30年に及ぶことも珍しくない。
黒人美容師の誕生は、1908年、ペンシルベニア州のピッツバーグだ。
それまで黒人女性は、頭から布をかぶり、朝から晩まで農業をする生活で、髪をセットする時間などなかった。
チャーチへ行く日曜日に布を取ると、汗と脂、太陽の熱の相互作用で、カールができあがっていたと言われている。
黒人用ヘアケア製品を販売していた起業家、マダムC.J.ウォーカー(Madam C.J.Walker)は、美容師育成のための学校を設立すると同時に、ヘアサロンをオープンした。
美容師になるために集まってきた女性は、数千人以上だ。
美容学校の設立は、女性たちに農業以外の職業選択と、経済的独立のチャンスを与えた。
そしてサロンの誕生により、女性たちは、自分の髪を美しくセットするというフリーダムを手に入れた。
けれども社会に植え付けられたイメージにより、ストレートの方が素敵で、可愛いと思っている黒人女性も少なくない。
中でも、テレビや雑誌が女性に与える影響は大きい。
モデルのナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)や
タイラ・バンクス(Tyla Banks)、
女優のハル・ベリー(Halle Berry)、
そして皆が憧れるビヨンセ(Beyoncé) は、ストレートヘアだ。
メディアは、美しい黒人女性として、彼女たちを取り上げた。
もちろん、彼女たちが自らの意思でストレートにしているのか、エージェントやレコード会社の指示によるものかはわからない。
「その髪、どうにかならないの?ストレートに出来ない?」
と問われた。
さらに、
「いつ整形するの?」
とまで言われた。
ヴォリュームのある髪は、画面上邪魔になり、大きな鼻と、離れた目は、整形で治す必要があると言われた。
彼女の容姿は、美しくないと否定されたのだ。
この頃の彼女は若く、戦う術を知らなかった。
ディレクターに指定されたサロンへ行くと、そこには白人の美容師しかいない。
「黒人でも、白人でも、アジア人でもどんな髪でも大丈夫!」
と美容師は言った。
けれども、黒人の髪、頭皮はとてもセンシティヴだ。
縮毛矯正をした彼女の髪は、数日で抜け落ちた。
髪を失った彼女は、アンカーというポジションも失った。
この事件は、彼女の容姿が美しくないからではなく、彼女が黒人だから起きたことだ。
残念ながら、このような差別は、現在も続いている。
髪や容姿のことで差別を受けた経験があると答えた黒人は80%以上だ。
ある学校では、100人中、100人の黒人生徒が、差別を受けた経験があると答えている。
2018年、高校生のアンドリュー・ジョンソンは、レスリングの試合直前に、
「ロックス(ドレッド)を切り落とさなければ、試合に出場させない」
とレフリーに言われた。
監督が抗議したけれど、時間がなく、彼の髪は、その場でカットされた。
2021年、高校生のソフトボールプレイヤー、ニコール・パイルスは、バッターボックスに入った際に、アンパイアーから、ロックスにつけたビーズを外すか、試合を放棄するかの選択を迫られた。
チームメイトが協力したけれど、なかなか外れなかったビーズの部分は、その場で切り落とされた。
どんなに心を強く持っても、自然な姿で試合に臨むことを許されなかった彼らが、世の中から容姿を否定され続ける黒人が、自分の髪や肌の色に自信を持つことは難しい。
けれども社会が攻撃しているのは、彼ら個人の容姿ではない。
その髪や肌の色が象徴する、黒人という人種なのだ。
世の中に受け入れられることを求め、ストレートヘアにすることや、ウィッグを付けることは、黒人である自分自身を否定していることになり、問題の解決にはつながらない。
黒人であることに誇りを持ち、彼ら本来の姿で臨まない限り、人種差別における戦いで勝利することはない。
アンジェラ・デイヴィス(Angela Davis)は、1960年代から、黒人の平等と自由、正義のために戦い続ける活動家だ。
1971年、誘拐・殺人・共謀罪の疑惑をかけられた彼女は、大きなアフロヘアで法廷に登場し、傍聴席に向って、ブラック・パワー・サリュートをした。
堂々とした彼女の姿は、ブラザー、シスターたちに、
「このままの姿でいい。自然な姿が美しい」
というパーミッション(許可)と、勇気を与えた。
黒人女性に愛され、リスペクトされ続けている女性ミュージシャンといえば、ローリン・ヒル(Lauryn Hill)や、エリカヴァ・ドゥ(Erykah Badu)だ。
ブレイズやロックスなどのナチュラルヘアでステージに立つ彼女たちは、黒人であることに対する、怯みが一切ない。
そんな彼女たちの強さと美しさは、女性たちに戦うパワーを与え続けている。
2019年、マサチューセッツ州初の、黒人女性民主党下院議員に就任した、アヤンナ・プレスリー(AyannaPressley)は、ゴージャスなセネガルツウィスト(ロープのように編まれたブレイズ)がトレードマークだった。
その後、ストレスにより、5週間ですべての髪が抜け落ちた彼女は、ボールドヘア(丸坊主)で議会に登場し、クラウンアクトの採用を発表した。
クラウンアクトは教育機関、就職活動、職場において、髪による差別を禁止する法律だ。
ブレイズ姿はもちろん、ボールドヘアの彼女は、同じ脱毛症で苦しむ女性たちに勇気を与えた。
そんな彼女がクラウンアクトの導入を告げたとき、多くの国民が、黒人女性の強さを感じたに違いない。
2022年6月、 黒人女性初の最高裁判所判事に就任した、ケタンジ・ブラウン・ジャクソン(Ketanji Brown Jackson)は、世界が注目する就任式に、シスターロックス(極細のロックス)で登場した!
アメリカ最高峰の裁判所が、黒人の自然な姿、黒人が黒人であることを受け入れた瞬間だった。
そんな彼女の姿に、誇りを持たなかった黒人、黒人女性はいない。
彼ら黒人にとって、髪は自分自身であると同時に、政治的な意味を持つ。
そして、様々なスタイルを喜びとする女性にとっては、フリーダムの象徴だ。
黒人のナチュラルヘアが社会に受け入れられることは、彼らに自信、希望、勇気を与え、今後、様々な権利と自由を獲得していくパワーになる。
現在、19州がクラウンアクトを採用した。
残り31州だ。
黒人のアイデンティティが守られる、人種差別がなくなる日が、いつか必ず訪れると信じたい。
「Black is beautiful」
アメリカ全州が、クラウンアクトを導入する日が楽しみだ。
アフロベイビーたちが、いつも笑顔で暮らせる世の中になりますように!!
るる・ゆみこ★神戸生まれ。大学卒業後、管理栄養士で数年間働いた後、フリーターをしながらライヴへ行きまくる。2004年、音楽が聞ける街に住みたいという理由だけでシカゴへ移住。夜な夜なブルーズクラブに通う日々から一転、一目惚れした黒人男性とともに、まったく興味のない、大自然あふれるシアトルへ引っ越し、そして結婚へ。