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ダーリン

「あ~あ、ウィル・スミスはアホ嫁のために、自分のキャリアめちゃくちゃにしたな~」



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るるゆみこ

「暴力とはほど遠い人が、あの瞬間、なんかにとりつかれたよね~」



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ダーリン

「ジェイダは息子の友達と寝てんで」


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るるゆみこ

「うぇ~!息子の友達やったんや」


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ダーリン

「ウィル・スミスも嫁と寝た男は殴らんと、なんでクリス・ロックを殴ってるねん!クリス・ロックはコメディアンやで」



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るるゆみこ

「ごもっとも!」


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ダーリン

「いずれにしても、暴力はあかん。・・・ブラザーがブラザーを殴るのは見たくないわ」


 2022年3月27日、第94回アカデミーアワードが開催された。 

 今回は「Dune」がベストピクチャーを始め、6つの賞を受賞するという快挙を納めた。個人的には、日本の「Drive My Car 」がインターナショナルフィルム長編部門、「Summer Of Soul」が長編ドキュメンタリー部門で賞を獲得したことが嬉しい。 

 しか~し、このイベントが終了したとき、多くの視聴者が話題にしたのは、ウィル・スミスクリス・ロックを殴ったことだった。 

 アカデミーアワードは生中継だけれど、テレビ局は、放送禁止用語や画像を消去、訂正する時間を確保している。従って我々が観ているのは、リアルタイムより、ほんの少し遅れた録画画面なのだ。今回も、ウィル・スミスクリス・ロックを殴った後の20秒間は消去されていた。だから、アメリカの視聴者は、クリス・ロックが、 

「わ~お・・・ウィル・スミスが俺を黙らせたで・・・」 

と言った場面や、ウィル・スミスが、 

「俺のワイフの名前を出すな!」 

 と、Fワードを使って叫んだ瞬間を観ていない。 

 多くの人は、何が起こったのかさっぱりわからず、中にはパフォーマンスだと考えた人もいたようだ。 

 しかし、ABCといえども、オーストラリアや日本を含む、海外の通信ネットワークまでは操れない。ウィル・スミスの暴言は、直ちにSSNで拡散された。 

 さて、今回のアクシデントには、皆それぞれ異なった意見がある。 

「ワイフを守るためにしたことなので、当然だ!」

 という意見もあれば、ダンナのように、若い男と寝た時点で、ジェイダをバッサリ切り捨てる人もいる。また、多くの人が、

「暴力はいかん!」

 と言っている。

 「コメディアンはジョークも言えないのね」

 という人もいれば、

 「クリス・ロックの今回のジョークは許せない!」
 と怒っている人もいる。 

 どの意見も理解できるし、どの意見にも同意できる。 

 しかしこの出来事は、当事者が黒人である限り、もう少し慎重に、そして深く掘り下げて考えなければならない。 

 彼らセレブリティが黒人コミュニティに与える影響は非常に大きい。そして、この国の白人史上主義者は、黒人が力を得ることに対して非常に敏感で、彼らからそのパワーを奪うタイミングを常にうかがっている。 

  ウィル・スミスがこの暴挙に及んだとき、私は、 

「あ~、やっぱりこの人は気の小さい人だったんだなあ」 

 と思った。たまたまだけれど、昨年11月に出版されたウィル・スミスの自伝、「Will」を読んでいるところだった。


Will (English Edition)
Manson, Mark
Penguin Press
2021-11-09

 
 子供の頃から気が小さく、気が小さいゆえに、常におもしろいことを言って、人を笑わせた。「おもしろい奴」でいることは、喧嘩やトラブルを回避するための、彼の生きる知恵だった。 

 しかしそんな小心者だった彼が、今ではハリウッドのトップスターである。彼はひとりの男として家族を守るだけではなく、ハリウッドで活躍する黒人俳優として、黒人のロールモデルになる役割を担った。 

 この本は、彼がどのようにして、自分の内に存在する恐怖を克服し、自分自身を変えることができたのか。そして、そのトランスフォーメーションが、彼にハリウッドにおける成功と、人生における勝利をもたらした・・・という内容らしい。 

  まだ途中までしか読んでいないので、ジャッジはできない。けれども、彼はプレッシャーに圧倒されながらも、自分が得たパワーに魅せられ、そしてちょっぴり過信しているような印象を受けた。
 ウィル・スミスは自分自身をレジェンドと表現している。 

 もちろん、人種差別の激しいフィラデルフィアで、決して裕福とはいえない家庭で育った黒人の彼が、今やハリウッドの豪邸暮らしだ。家族全員がハリウッドで活躍し、黒人はもちろん、白人、アジア人、世界中の人々が彼の名前を知っている。レジェンドのチケットを手に入れていることは間違いない。 
 彼の受賞スピーチは、 
リチャード・ウィリアムズの、家族を守るパワーには凄まじいものがある。私はこの瞬間、神から与えられた使命にうろたえています・・・私はこの映画の撮影で、二人のウィリアムズ姉妹を守らなければならならなかった・・・私は人々を愛し、守り、人々のために大河となる使命を与えられた」 
  というものだった。 
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 ちなみに受賞映画は邦題「ドリームプラン」で、ウィル・スミスが演じたリチャード・ウィリアムズは、テニスプレイヤーのヴィーナスセリーナ・ウィリアムズの父親だ。
 娘たちを危険から守り、世界的プレイヤーに育て上げたコーチでもある。 



 このスピーチで、彼は「守る」という言葉を何度も使っている。あらかじめ用意してあった原稿なのか、クリス・ロックを殴った後で作りなおされたものかはわからない。けれどもハリウッドでベテランの域に達した彼は、若い役者やスタッフ、チームをリードするポジションとなった。我々には理解できないほど大きな責任、使命を感じていたに違いない。 
彼は大きなプレッシャーの中にいた。そしてクリス・ロックのジョークである。最初は笑っていたウィル・スミスだけれど、ジェイダの不快を露にした顔を見た瞬間、 

「ワイフを守らなければ!!!」 

 と思ったのだろう。

 ハリウッドでパワーを得た彼は、世界中の人々が観ているアカデミー賞のステージで、クリス・ロックを力で抑えつけた。 

  デンゼル・ワシントンは、この直後の休憩中に、 

「人生における最高の瞬間に、悪魔は忍び寄る。気を付けろ」 

 と、ウィル・スミスに忠告した。 

 あのときウィル・スミスは、主演男優賞獲得を目前にしていた。彼にはハリウッドの頂点が見えていた。頂点にたどり着く予感、期待と興奮、そしてプレッシャーと過信、ウィル・スミスがミステイクを起こしても不思議はない。 

 嫁を守ったウィル・スミスの行為をミステイクと言うには理由がある。 

 ウィル・スミスクリス・ロックは互いのことを知っている。そして、完全に警備された、白人主宰のアカデミーのステージで、彼らがあれ以上ヒートアップすることはない。 

 けれども、相手が見知らぬ人で、場所がクラブやバーだったらどうなるか?銃社会のこの国では、命を落とす可能性もある。 

 この国の黒人男性の多くは、常に抑圧の中にいる。ほんのちょっとしたことで、怒りが頂点に達し、銃を抜くことは大いにあり得る。 

 また喧嘩で警察沙汰になれば、状況によってはその場で射殺されるかもしれないし、一生、牢屋暮らしになるかもしれない。相手と場所にもよるけれど、喧嘩をすることにより、命を失う可能性があることを、彼らは常に頭に入れておかなければならない。 

 「見知らぬ男に対しては、絶対にリスペクトを示せ。どんな奴かわからんぞ」 

 子供の頃、ダンナはギャングのロニーおじさんに教えられた。シカゴのサウスサイドで、殺されずに生き抜くためだ。 

 しかし、黒人男性は家族がトラブルに巻き込まれたら、相手がギャングであろうが、銃を持っていようが、命を落とす覚悟で立ち向かわなければならない。私が他人ともめることに、ダンナが敏感に反応する理由である。 
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 ウィル・スミスが嫁を守ろうとしたことは間違っていない。しかし、暴力を肯定することは、とても危険なことなのだ。彼は暴力ではない解決方法、カッコいいやっつけ方を若者たちに示すべきだった。それはハリウッドでポジションを得た、彼がするべきことで、彼だからできることなのだ。 

 実際、今回のジェイダをターゲットにした、クリスのジョークを不快に感じた人は少なくない。特に黒人女性の怒りはかなりのものだ。ウィル・スミスが暴力以外の方法でジェイダを守っていれば、今頃、彼はヒーローになり、クリス・ロックのイメージが落ちていたかもしれない。 

  それでも、殴られた後のクリス・ロックの対応は見事だった。今回のことで、ライブのチケットは1500ドルにはね上がったそうだ。 

 彼はセレモニーを滞りなく進行し、逮捕する気満々のLAPD (ロスアンジェルス警察)にもお引き取り頂いた。ブラザーがブラザーを警察に引き渡す場面は見たくない。 

 LAPD は黒人セレブリティの彼を逮捕したかっただろうな。ウィル・スミスはお金持ちなので、保釈金もいっぱい払ってもらえたに違いない。 

  残念ながらLAPD はウィル・スミスを逮捕できなかった。けれども、アカデミーは彼に対する処罰を検討中だ。 

「アカデミーは暴力をふるったウィル・スミスを退場させるべきだった!」 

ウィル・スミスは退場して、受賞を辞退するべきだった!」 

 という人々の声に対し、アカデミーが行動を起こしたのは、当日でもなく、翌日でもなく、授賞式から二日後だった。 

「私たちは事件直後に、スミス氏に退場を求めた。けれども、彼はそれを拒否した」 

 と言っている。 

 さらに、 

スミス氏が会場に残ることを決断したのは、プロデューサーのウィル・パッカーです」 

 とも言っている。 

 むむむ~・・・。 

  二日も経ってから、この事件の対応をしたことも、ウィル・スミスが退場しなかったことも、その理由を、黒人プロデューサーのウィル・パッカーだけの責任にしていることも、なんとなくスッキリしない。 

 アカデミー、ハリウッドは白人社会だ。 

 ウィル・スミスはSNS で自分の行動が間違っていたことを認め、謝罪した。アカデミーから脱退することも発表した。彼がイメージを取り戻すこと、再びハリウッドで信用を得ることは簡単なことではない。 

  これ以上の社会的処罰を与える必要はないんじゃないかな。 

 誰にでもミステイクはある。 

  ウィル・スミスは白人社会のハリウッドで俳優として活躍し、世界中の人々にポジティブな黒人のイメージを与えてきた。そして今回、彼は黒人で5人目のアカデミー主演男優賞に輝いた。誰にでもできることではない。 

 ウィル・スミスには、若者の、黒人のロールモデルとして、SNS ではなく、公の場でクリス・ロックと向かい合い、今回の問題をスカッと、男らしく解決して欲しいな。 

 そして黒人コミュニティがするべきことは、ブラザーたちを批判するのではなく、彼らの功績をリスペクトし、苦境に追い込まれた彼らをサポートすることなのだ。 

 黒人男性が命の危険を感じずに、安心して生活できる社会になりますように! 

 人々が互いのミステイクを許しあえる、おおらか~な世の中になりますように! 

 

るる・ゆみこ★神戸生まれ。大学卒業後、管理栄養士で数年間働いた後、フリーターをしながらライヴへ行きまくる。2004年、音楽が聞ける街に住みたいという理由だけでシカゴへ移住。夜な夜なブルーズクラブに通う日々から一転、一目惚れした黒人男性とともに、まったく興味のない、大自然あふれるシアトルへ引っ越し、そして結婚へ。
http://blog.livedoor.jp/happysmileyface/