「ご飯終わってからにするわ」
「食事とジュースはセットやろ?」
「食事のときはお茶か水ちゃう?ジュースやったら食べ物の味がおかしなるやん」
「へー・・・。のどが乾いたらクーレイ(クール・エイド)、食事のときはジュース。ハンバーガーとミルクシェイクは絶対や!」
シカゴ発のクーレイは、フルーツ味の粉末ドリンクミックスで、水を注ぐとジュースができあがる。ダンナの時代、クーレイは各家庭のキャビネットの中に常備されていた。
「ほとんどの黒人は砂糖とジャンクフードで育ってるで。おれなんかジャンクの王様や!」
「それでも立派に育ってるよなぁ。私やったらすでに病気になってるわ」
「おれら、ちゃんとご飯食べてなくても、スポーツや音楽で活躍してるやん。でも、これって簡単なことじゃないでー。おれらにも他の人種と同じチャンスが与えられて、おれらがちゃんとご飯食べたら、世の中えらいことになるで。黒人だらけやぞ」
さて、2021年のオリンピックは、私がアメリカで暮らし始めて、4度目の夏季オリンピックになる。そして今回、
「そういえば、アメリカ人がオリンピックで騒いでいる姿を見たことがない・・・」
という事実に気が付いた。
日本開催が決定した頃は、
「オリンピックのときに日本に行きたい!ゆみこ、どう思う?」
「ええやん!でも、めっちゃ暑いで」
という会話を数人の方と交わした。けれども、今回のオリンピックを含め、過去に選手や競技について会話をした記憶はほとんどない。
私が働いているグロッスリーストアでは、毎年2月に開催されるスーパーボウル当日は、試合開始と共に、店から客がいなくなる。
ゲーム開始前の数時間は、ビール、ワイン、ハードリカー、チップスなどのおつまみを求めて、ものすごい人数の客が押し寄せてくる。それが、ゲームが始まる15分くらい前になると、ザザザザザ~と、大波が引くように、店の中から客が去っていく。
「どこに消えたん???」
という感じ。取り残された従業員も、その多くが裏へ行ってラジオを聞いている。つまり、ゲーム中の数時間、店の中は空っぽなのだ。
調査によると、アメリカの総人口3億人中、約1億人がスーパーボウルを観戦している。人口の3分の1がテレビの前にいるのだから、なるほど、店の中が空っぽになるはずだ。
スーパーボウルは一年に一度のスポーツイベントだ。人々は酒や食べ物を持ち寄り、パーティ感覚で大いに盛り上がる。
視聴者を掴むためのコマーシャルも、ユーモアがあり、破壊的でおもしろい。
スーパーボウルはアメリカ合衆国における、ひとつのお祭りなのだ。
これに対して、オリンピックは静か~に過ぎていく。
2006年、リオ・オリンピックの視聴者数は2750万人だ。時差もあり、開催期間も二週間と長いし、それぞれ興味のある競技も異なるので比較は難しい。
けれども、オリンピックはスーパーボウルのように、視聴者が爆発的なエネルギーを費やして、大騒ぎするイベントではないことだけは確かだ。
人々のオリンピック選手に対する感覚も、職業として戦うプロスポーツリーグ選手に対するものとは違い、神聖で純粋なものを持っている。
オリンピックのコマーシャルも、人種、性別、文化、興味が異なる、すべての人々を感動させる、ストーリー性のあるものだ。世界中の人々に受け入れられる、「愛」「夢」「希望」がそのテーマになる。
そのせいか、アメリカのオリンピック視聴者数は、男性よりも女性の方が多い。年齢層も55歳以上がダントツである。
女性は、我が子、孫と同じような年齢の子供たちが、全力で戦う姿に感動を覚え、男性とは少し異なる視点で、オリンピックを観戦しているのかもしれない。
ちなみに人種別では、アフリカン・アメリカンとヒスパニックの視聴者は、全国平均より74%も低い。
今でこそバスケットボール、陸上競技、テニスや体操で、彼ら黒人の活躍も見られるようになった。 けれども、やはりメインは白人選手だ。
同じアメリカ人として対等に扱われていない彼らが、自分たちのブラザーやシスターが出場していないオリンピックを観戦し、アメリカを応援するか???・・・しないかもしれないなぁ・・・。
ジェシー・オーエンスは、1936年ベルリンオリンピックの短距離走と跳躍で4つの金メダルを受賞した。
アリス・コーチマンは、1948 年ロンドンオリンピックのハイジャンプ金メダリストだ。
1960年ローマオリンピックで、ウィルマ・ルドルフは、短距離3種目で金メダルを獲得した。
1968年メキシコシティ・オリンピック200メートル走では、トミー・スミスは金メダル、ジョン・カルロスは銅メダルを獲得した。
彼ら黒人選手は、アメリカ合衆国の国旗を背負い、オリンピックに出場した。彼らは全力で戦い、母国にメダルを持ちかえった。
けれども、オリンピックが終わり、帰国すれば、アメリカで差別を受ける黒人だった。これじゃ、視聴率が低いこともうなずける。
それでも、この国における人種差別意識は変わりつつある。黒人選手の活躍が増えていくとともに、この状況も少しずつ変わってくるに違いない。
さて、第32回夏季オリンピック開催まであと少しとなった。
海外から到着した選手たちは、日本の暑さにびっくりしながらも、最後の調整に入っていることだろう。関係者やボランティアの方々も、安全且つ、滞りなく大会が進行できるよう、走り回っておられるに違いない。
個人的にはすべての競技が気になる。中でも陸上、水泳、体操、ビーチバレー、バスケットボールは睡眠をあきらめてでも観たいなぁ。
サーフィンも気になる。
今年はハンドボールも私の興味に仲間入りした。
第45回日本リーグ戦で初優勝を果たした、豊田合成ブルーファルコンのトレーナーとは25年来の友達だ。
このチームからは、3人がオリンピックメンバーに選ばれた。
ここ数年、友人が送ってくれる試合の映像を観ていたので、やはり彼らのことは応援せずにはいられない。
アメリカ人選手の中にも気になる人はいる。5度目のオリンピック出場になる、陸上のアリスン・フェリックスは大好きな選手のひとりだ。体操のシモーネ・バイルスのパフォーマンスにはいつも魅了される。柔道のアンジェリカ・デルガド、柔道のコルトン・ブラウンも好きな選手だ。
日本選手はもちろんだけれど、すべての選手を応援してしまうのがオリンピックである。彼らは皆、各国の、各種目におけるベストアスリートだ。
そんなトップアスリートの彼らが、自分のエネルギーのすべてをこの瞬間にかける。競技によっては、数秒で勝負が決まるものもある。
トップアスリートの彼らは、コーチやトレーナーと共に、人生の一瞬に、最大の能力を引き出すために、想像を絶するような努力を重ねてきた。
私は、そんな彼らの最高の瞬間を、睡眠を削ってでも観たいのである。
今回のオリンピックに関しては、賛成、反対、色々な意見がある。当然だ。
アメリカで暮らす私が、日本で開催するオリンピックに対し、気軽に意見することはできない。けれども、開催が決まったからには、前に進むしかないことだけは確かだ。
選手の肉体的能力がピークに達し、それを維持できる期間は本当に短い。彼らは、去年の夏に開催予定だったゲームに向けて、全力で体を調整してきた。一年延期されたことで、自身の最高の瞬間を逃した人もいるかもしれない。そのトレーニングがどのようなものか、私にはわからない。けれども、それは私の想像を超えるもので、私には決して耐えられない内容であることだけはわかる。
好きな男とデートをし、好きな時間に好きなものを食べ、体に痛みがあれば休養できる我々とは違い、彼らはたった1分、1秒のために、そのすべてを犠牲にしてきた。
アリスン・フェニックスのように、5回もオリンピックに出場できる人など、ほとんどいない。その多くの選手にとって、チャンスはたった一度なのだ。
オリンピック開催が決定したからには、この瞬間、大きなプレッシャーの中で戦っている、若い選手たちを攻撃するのではなく、彼らが最高のパフォーマンスができるよう、心から応援したい。
私たちができることは、ひとりひとりが責任を持って、感染が拡大しないよう、全力で予防することなんじゃないかな。
2021年夏季オリンピックが、安全に開催され、そして無事に終了することを願う。
各国の選手たちが暑さに倒れることなく、最高のパフォーマンスができますように!
るる・ゆみこ★神戸生まれ。大学卒業後、管理栄養士で数年間働いた後、フリーターをしながらライヴへ行きまくる。2004年、音楽が聞ける街に住みたいという理由だけでシカゴへ移住。夜な夜なブルーズクラブに通う日々から一転、一目惚れした黒人男性とともに、まったく興味のない、大自然あふれるシアトルへ引っ越し、そして結婚へ。