ダウンロード

「ヘイ、メーン・・・ディオン・ペイトン(Dion Payton)が亡くなったで~」


 いつも明るいリッキーが、どんよりした声でメッセージを残していた。


 3月31日、シカゴのギターリスト、ディオン・ペイトンが亡くなった。71歳だった。


 今回のようにシカゴのブルーズ村で事件があると、リッキーから我が家に連絡が入る。


 リッキーはブルーズの女王、ココ・テイラーのドラマーだった。2009年にココが亡くなり、さらに、ここ一年間はコロナでクラブがクローズし、仕事が激減しているせいか、ちょくちょく電話がかかってくる。


 仕事がなくても、おもしろい話を聞くと、普通の人の3倍くらいおもしろがって大笑いをするのがリッキーだ。その受話器からもれる笑い声で、私まで楽しい気分になる。


 そんな明るいリッキーから、暗~い声でニュースを受け取ったダンナは、


「ディオンも亡くなったんかぁ・・・俺らの時代の人が、どんどんおらんようになるなぁ・・・」


 と、ちょっとしんみりしている。

DVkR9p3U0AAeIno

 ディオン・ペイトン&43rd Street Band(フォーティ・サード・ストリート・バンド)は、1980年代半ばから1990年代にかけて、キングストン・マインズ(Kingstone Mines)というクラブで、毎週末レギュラー出演していた。このクラブはシカゴのノースサイドにあり、週末になると、店の中はブルーズ好きの白人や、観光客で満員になる。


 


 
 ディオンはサウンドにとても厳しい人で、彼の求めるグルーヴ、リズムを理解しようとしないメンバーは、ただちに辞めさせた。常に最高を求めた彼の音楽に、ダンナ世代のミュージシャンは、皆、影響を受けている。




 ディオンはゴスペルアルバムや、ロニー・ブルックス(Lonnie Brooks)のアルバムには参加している。けれども、残念なことに、彼自身のアルバムは、一枚もリリースしていない。


 唯一、1987年にリリースされた、「ニュー・ブルーブラッズ(New Bluebloods)」というオムニバス・アルバムに、彼の「オール・ユア・アフェクション・イズ・ゴーン(All Your Affection Is Gone)」が入っている。これがたまらなくカッコいい。 


 これは、ディオンよりひと世代若いブルーズマンたちに向けて、アリゲーター・レコードがリリースしたアルバムだ。


 alligator-01

 アリゲーター・レコードは、1971年に、ブルース・イグロア(Bruce Iglauer)によって創立された、インディーズのレコードレーベルだ。


 1970年、23歳だったイグロアは、シカゴのサウスサイドにあるフローレンスズ・ラウンジ(Florence’s Lounge)というクラブに立ち寄った。その頃はまだ、黒人が演奏できるクラブはノースサイドにはなかった。


 このフローレンスズ・ラウンジは、ギャングの巣窟、ロバート・テイラー・プロジェクトの南側、ハイウェイを挟んで反対側に位置する。今はクローズしているけれど、この店では、毎週日曜日の午後3時前後から8時まで、ライブミュージックが楽しめた。


 ハウスバンドはハウンド・ドッグ・テイラー&ハウスロッカーズ(Hound Dog Taylor & Houserockers)だ。このバンドは、ハウンド・ドッグがギターとヴォーカルで、ブルワー・フィリップ(Brewer Phillip)がギター、テッド・ハーヴィがドラムという構成。二人のギターリストは、リードギターとリズムギターを互いに弾き分けている。


 この時代、マジック・スリムも、この店でたびたび演奏していた。人々は昼間から酔っ払い、通路や椅子の上で踊り、おおいに楽しんだ。店の外ではサンドウィッチが販売され、ダイスゲームで盛り上がる人がいて、活気に満ちあふれていた。  


 イグロアは、ハウンド・ドッグ・テイラーの演奏を聞いた瞬間、そのサウンドに惚れこんでしまう。



「このバンドをプロデュースしたい!」


 と熱望した彼は、当時働いていたデルマーク・レコードのオーナーにその思いを伝えた。しかし、オーナーのボブ・ケスターは、彼の要求を受け入れてくれない。そこで彼は、このバンドのアルバムをリリースするために、1年後にアリゲーター・レコードを立ち上げる。


 イグロアは、彼の貯金をはたき、スタジオを4時間ずつ2晩借りて、レコーディングを行った。マルチトラック(楽器を別々に録音、再生できる録音機材)を購入する余裕がなかったため、同時録音だ。そして、千枚のレコードをプレスした。それが、ハウンド・ドッグ・テイラーのデヴュー・アルバム、「ハウンド・ドッグ・テイラー&ハウスロッカーズ」だった。


 このアルバムをリリースした9か月後、イグロアはデルマークを退社し、バンドのマネージメントと、アリゲーターの仕事に専念する。


 1972年、アリゲーターから2枚目のアルバムがリリースされる。ハーモニカプレイヤーのビッグ・ウォルター・ホルトン(Big Walter Horton)の、「ビッグ・ウォルター・ホルトンwithキャリー・ベル(Carey Bell)」だ。


 この二人の巨匠によるハーモニカのデュオは、批評家から大絶賛を受ける。


 そして1976年、ブルーズの女王、ココ・テイラー(Koko Taylor)の“アイ・ガッタ・ワット・イット・テイクス(I Got What It Takes)”が、グラミー賞にノミネートされる。


 その6年後の1982年、アリゲーターはついに初グラミーを受賞する。


 アコーディオン奏者のクリフトン・シェニエ(Clifton Chenier)の「アイム・ヒア(I’m Here)」というアルバムだった。



 クリフトンが演奏するサディゴは、ルイジアナ州の代表的なクレオールやケイジャンミュージックに、R&B、ブルーズ、ジャズを融合させた新しいサウンドの音楽で、彼はサディゴの第一人者なのだ。


 二度目のグラミー受賞は1986年、三人のギターリストのコラボレーションアルバム、「ショウダウン(Showdown)!」だ。


 テレキャスターの巨匠、アルバート・コリンズ(Albert Collins)を筆頭に、テキサス・ブルーズのジョニー・コープランド(Jonny Copeland)、アルバート・コリンズに影響を受けた若手ブルーズマン、ロバート・クレイ(Robert Clay)の三人が、 互いのヴォーカルとギターを引き立てあっている。すごいアルバムなのだ。


 こうしてイグロアによって立ち上げられたアリゲーター・レコードは、ゆっくりと、しかし着実に、ブルーズファンから愛される、世界でも主要なブルーズのレーベルに成長していく。


  イグロアがアリゲーター・レコードを立ち上げ、ハウンド・ドッグ・テイラーのアルバムを売り込む際の宣伝文句は、“本物のハウス・ロッキン・ミュージック”だった。これは、アリゲーターのスローガンとなり、それは今でも変わっていない。


 ブルーズは、彼ら黒人が生まれ育った町のクラブ(ハウス)で、ミュージシャンと観客が共に楽しむ音楽だ。ハウスがシアター、アリーナ、スタジアムに変わることはあっても、ブルーズは究極に親しみのある音楽であることに変わりはない。アリゲーターが目指した音楽は、そんな彼らの生活に深く根ざした、無意識に体が揺れる(ロックする)、ソウル(魂)まで揺さぶる本物のサウンドだった。


  しかし、それは昔ながらのブルーズのルール、構成、ビートにこだわるという意味ではない。


 イグロアは、偉大なアーティストたちから学んだことを吸収し、自分自身のサウンド、スタイルを創り出すアーティスト、常に将来に目を向け、新しいことに挑戦するアーティストに魅力を感じた。


 ジョニー・コープランドの娘、シェミカ・コープランド(Shemekia Copeland)は、イグロアが大好きなシンガーのひとりだ。


 彼がニューヨークのステージで歌うシェミカを観たのは、彼女が17歳のときだった。「ゲトー・チャイルド(The Ghetto Child)」を歌う、ティーンエイジャーとは思えない彼女の歌声に、彼は魅了された。



 これまでブルーズといえば、自分の身近な生活、女のことなどをストレートに、包み隠さず歌う音楽だった。これに対し、シェミカの歌のテーマは、主に現代の社会問題だ。彼女は、現代の若者の視点から現代社会を考え、そのことをストレートに歌っている。


 シェミカは1998年にデヴュー・アルバムの、「ターン・ザ・ヒート・アップ(Turn The Heat Up)」をリリースしてから、3枚のアルバムをアリゲーターから出している。


 ココ・テイラーも、そんな彼女のことをかわいがった。ココは、彼女がココの真似をしないこと、彼女だけのスタイルを持っていることを好んだ。2011年、シェミカは、ココの娘のクッキー・テイラーから、“新ブルーズの女王”という栄誉を与えられた。


  そんなアリゲーター・レコードも今年で50周年を迎える。


 3月13日、これを記念して、 “スウィート・ホーム・シカゴブルーズ”という オンライン・コンサートが、アリゲーターのアーティストを迎えて催された。


 このコンサートの主演アーティストは、ハーモニカプレイヤー、ビリー・ブランチのバンド(Billy Branch And The Sons Of Blues)だ。このバンドのキーボーディストは、私の大好きな日本人アーティスト、有吉須美人さん。素晴らしいなぁ。


 MCはイグロアが担当し、シェミカをはじめ、スライド・ギターのリル・エド(Lil’ Ed Williams)や、現在活躍中の若手ブルーズマン、トロンゾ・キャノン(Toronzo Cannon)がゲスト出演している。


 このコンサートは有料で、4月11日まで観ることができる。



 ブルース・イグロアは、シカゴのサウスサイドやウェストサイド、ゲトーのローカルクラブで演奏されていたサウンドに惚れこみ、半世紀以上、ブルーズと、そのビジネスに没頭した。


 1枚のレコードをリリースするために創業したアリゲーターは、この50年間で、300枚以上のブルーズ、ブルーズ・ロックのアルバムをリリースした。小さな埃臭いクラブで演奏されていた音楽が、イグロアによって世界中に広められたのだ。


 これらのクラブの多くはクローズしてしまったけれど、そのサウンドは形を変えながら、様々なスタイルを吸収しながら、次の世代に引き継がれている。


 アリゲーター・レコードが、才能あるミュージシャンの、カッコいいサウンドを、これからも世界中に広め、多くの人々のソウルを揺さぶり続けますように!


 そしてクラブやシアターで、彼らの生の演奏を楽しめる日が、一日も早く訪れますように!


るる・ゆみこ★神戸生まれ。大学卒業後、管理栄養士で数年間働いた後、フリーターをしながらライヴへ行きまくる。2004年、音楽が聞ける街に住みたいという理由だけでシカゴへ移住。夜な夜なブルーズクラブに通う日々から一転、一目惚れした黒人男性とともに、まったく興味のない、大自然あふれるシアトルへ引っ越し、そして結婚へ。

http://blog.livedoor.jp/happysmileyface/