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「これ、姉からプレゼント」

「なんで?」

「えーっと・・・家族になったから?」

「・・・へー・・・」

 私の姉からのプレゼントを、初めて受け取ったときのダンナの反応だ。

「これは、姉のお店の人から」

「なんで、お店の人がおれにプレゼントをくれるの?」

「んー・・・、あげたいと思ったからじゃないの?」

「なんで、おれのことを知らん人が、おれにプレゼントをあげたいと思うの?」

「私のことを知ってる人は、私のダンナというだけで、自動的に受け入れてくれるねん」

「・・・ふーん・・・」

 ますます意味不明、という感じ。

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 ダンナが育った場所は、シカゴのサウスサイド、中流家庭が暮らすブロックだ。

 そうはいっても、今から50年以上前の、黒人の中流家庭。家族の誰かが職に就き、毎日の食事があるというレベルではある

「おばあちゃんは、椅子に座って、いつもチャーチ・ソングを口ずさんでた」

「ママは仕事から帰ってきたら、自分の部屋に入って、マリファナ吸いながら、テレビを観てたわ」

 この時間だけは、白人からの差別や嫌がらせ、危険から解放される。
 私たち日本人がイメージするような、習い事や趣味、家族旅行を楽しむような生活は、彼らにはない。

 家はあっても、いつも空腹を抱えている家庭もある。例えば、お隣のミセス・ジョーンズの子供たち。ダンナは家に帰らずに、ここの子供たちと一緒にいることが多かった。

「あそこの家のご飯は、大鍋にビーンズだけやで。パンがあるときは、あとで食べるために隠す子もおるけど、絶対に誰かが先に見つけて食べるねん」

「あいつら腹ペコやから、人参があったら、生のままかじりつくねん」

「マガジンを盗んで、エル(地下鉄)の中で売った金で、ハンバーガー買って、遊園地に行ったわぁ」

 子供たちも、自分たちの考えつく方法で、なんとか空腹を満たし、お小遣いを調達する。

 しかし空腹は犯罪を生み、人を裏切る。

「隣の家で寝てるとき、オーティスは、俺のポケットから金を盗んでん」

 幼なじみも信用できない。

 パパからもらったギターとアンプも盗まれた。
 彼が3歳のときに家を出て行ったパパが、10代になった彼に、はじめて贈ったプレゼントだ。彼にとって宝物だったプレゼントが、ある日突然、消えてなくなった。

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「あれはロニーや。ロニーおじさんがドラッグを買うために売ってん」

 なんと、泥棒は家族の中にもいた。

 ロニーおじさんは、ダンナが子供の頃から、彼に暴力を振るい続けた。

 けれども、暴力を振るうロニーから、彼を救ってくれるはずのパパは家にいなかった。ママやおばあちゃんは彼を大切にしてくれたけれど、ママも虐められていたし、おばあちゃんは彼を守るには老齢過ぎた。

「おれは誰のことも信用してない。お前のことも信用してない!」

 ダンナから何度も言われたフレーズだ。

 幼なじみや家族ですら信用できない環境で育った彼が、嫁とはいえ、元他人の私を、そう簡単に信用するわけにはいかない。

「おれはお前のことを愛しているかどうかわからん。愛せるようになるかどうかもわからん」

 というセリフもよく聞いた。幼少期に十分な愛情を与えられていない彼は、他人に与えるだけの愛を持っていなかった。インプットとアウトプットは比例するのかもしれない。

 愛を与えられるどころか、家族から暴力を振るわれていたダンナが、会ったこともない私の姉からのプレゼントを、すなおに喜べるはずもない。 


 話しは少し変わって、前回紹介したチャールズ・ディケンズのクリスマス・キャロルをベースにしたフィルムは、全部で48ヴァージョンもある。

 いずれのストーリーも、自分のことしか考えず、他人には何も与えないスクルージの前に精霊が現れ、過去、現代、未来におけるクリスマスの、自分自身の姿を見ることにより、改心するというもの。

 この中に、黒人版スクルージがある。

 まず、1997年にテレビで放映された「Ms. Scrooge(ミス・スクルージ)」。

 主役のエベニータ・スクルージ役は、黒人のレジェンド、シスリー・タイソンだ。その演技は素晴らしいのひと言。おすすめのフィルムだ。残念ながら日本語版は出ていないけれど、

 アメリカ南部で幼少期を過ごすエベニータは、父親のビジネスの失敗、死亡により、経済的に苦労をする。
 母親が他界した後、北部で金融業に就職、他人に厳しい貸付をする手腕が認められ、成功を収めていく。
 しかし、それと引き換えに恋人を失う。
 たったひとりの弟、ペリーはベトナム戦争で戦死し、彼女は独りぼっちになっていく。

 もう1本は、2000年に放映された「A Diva’s Christmas Carol」。こちらもテレビヴァージョンだ。

 意地悪なエボニー・スクルージを、美しいヴェネッサ・ウィリアムスが演じている。この現代版スクルージは早いテンポで、楽しい雰囲気に仕上がっている。

 こちらも日本語字幕はない。とっても残念。

 A Diva's Christmas Carol (TV Movie 2000) - IMDb

 エボニーの父親はアルコール中毒で、彼女と兄のロニーに暴力を振るった。その結果、ロニーとエボニーは孤児院に入れられ、引き離されてしまう。

 成人したエボニーはスターシンガーになるけれど、自分の成功しか考えず、彼女をサポートするスタッフには感謝の心もない。
 結局、最後まで味方だったマネージャーからも、見放される。
 ロニーは病で亡くなり、彼女は独りぼっちになる。


 いずれのスクルージも、幼少期の心の傷が原因で、他人を信用しない大人へと育っていく。
 しかし、意地悪なスクルージを決して見捨てず、愛し続ける人がいる。エベニータにはペリーの息子ルークが、エボニーにはロニーの娘のオリヴィアがいた。

 クリスマスの日に笑顔を取り戻すスクルージは、人々に感謝の言葉を述べ、ギフトを贈り、寄付をする。そしてそこには、スクルージの愛と感謝を受け入れてくれる人々がいる。

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 ダンナはスクルージのような意地悪な心は持っていないけれど、幼少期に与えられたその傷は、彼の心を長い長い間、閉ざし続けた。

 しかーし、そんな彼の心の傷も、彼のことを家族のように受け入れてくれる、白人の友人家族や、私の姉や友達の暖かい心によって、少しずつ癒されてきた。

 ダンナは今でも、

「おれは誰のことも信用しない!」

 と力強く言うけれど、

「お前のことも信用してない!」

 とは言わなくなった。

 いつの頃からか、

「I Love You」

 も言ってくれるようになった。

 おばあちゃんとママの愛がなければ、彼が私を愛せるようになる日は、来なかっただろうなぁ。

 アトランタで暮らす、ケンおじさん夫婦の愛も、彼の心を暖めてくれたに違いない。

 最近では、贈り物をもらっても、それほど不信感を抱かなくなった。

 毎年、私が日本へ帰るたびに、ダンナのためにプレゼントを準備してくれる姉や、

「これはご主人に」

 と、ダンナの分までマスクを作ってくれる仲良しのお客さんや、

「ダンナさんも食べられるかなぁ?」

 と、手作りのお菓子を届けてくれる、私の友達のおかげである。

 贈り物を喜べるようになったダンナは、

「ゆみこのお姉ちゃんは、毎年、俺にプレゼントをくれるねん!すごいやろ!!」

「お姉ちゃんの職場の人も、おれに贈り物をくれるねんで!信じられる?」

「おれ、すっごいパワフルなフラッシュライトを持ってるで。ゆみこのいとこがくれてん!」

 と、シカゴの友達に、電話で自慢をしている。


 さらに、

「お前の姉ちゃん、なにか欲しいものあるかなー?おれ、もらってばかりやから、何かお返ししたいなぁ」

 と、言うまでになった。

 ついに、アウトプットができるだけの愛や親切が、彼の中にたまってきたのかもしれない。嬉しいな。

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 さて、もうすぐクリスマスがやってくる。

 私たち大人は、子供たちにたくさんの愛と喜び、笑顔を与えてあげたい。家族が与えられないときは、周囲の大人が与えてあげればいい。

 心が愛や親切、思いやりでいっぱいになると、他人に対しても優しい気持ちになれるのだ。

 子供たちが愛に満たされた、人々が優しさに包まれた、そんな素敵なクリスマスになりますように! <了>


るる・ゆみこ★神戸生まれ。大学卒業後、管理栄養士で数年間働いた後、フリーターをしながらライヴへ行きまくる。2004年、音楽が聞ける街に住みたいという理由だけでシカゴへ移住。夜な夜なブルーズクラブに通う日々から一転、一目惚れした黒人男性とともに、まったく興味のない、大自然あふれるシアトルへ引っ越し、そして結婚へ。

http://blog.livedoor.jp/happysmileyface/