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〇シアトルポリスはまとも

「やっぱりシアトルのpolice department(警察署)は違うっ!」

 と、ダンナがテレビに向かってガッツポーズをした。

 これは今から5年ほど前の話。ゴルフクラブを杖替わりに使用していた69歳の黒人男性を逮捕した、女性警察官が解雇されたニュースだった。

“ゴルフクラブを振り回している”という逮捕理由だったけれど、調査の結果、その事実はなく、この逮捕は人種差別によるものだと判断されたのである。

 これがシカゴで起きた事件だったなら、女性警察官がこの男性を射殺したとしても、まず解雇されることはない。

シアトルポリスはまともだ!

ダンナのガッツポーズの理由はそこにあった。

 玄関の扉を開けるなり、

「ゆみこっ!おれ、ポリスにスピード違反で止められてんっ!」

 と、元気いっぱい叫んだこともあった。

「なんでそんなに嬉しそうなん???」

「“40マイル以下で走りよ て言っただけで、あいつらチケットも切らへんねんっ!」

 なるほど。ポリスに停車を求められただけで、命の危険を感じなければならないシカゴとは大違いだ。

 そしてポリスもマイルドなら、シアトルの人もマイルド。

 他の都市から引越してきた人の、シアトル人に対する印象には、

「シアトルの人には壁がある」

「友達をつくることが難しい」

 というネガティブな内容もある。

けれども、これは、シアトル人にはアメリカ人的ではない、本音と建て前があるからだと思う。

基本的に相手のイヤなことは言わないし、愛想がよく、穏やかな人が多い。また、人種や性差別意識のない人が多いように思う。

 ダンナは散歩中に、白人の老夫婦から、

「ハロー!」

 と声をかけられるたびに、

「ほらっ!シアトルの人はやっぱり違う!本音はわからんけど、差別する奴らより百倍マシやん!」

 と、今だに驚き、感動している。



〇シアトル自治区では

 2020年5月25日にジョージ・フロイド氏が亡くなって以降、全米の至る都市で抗議運動が行われている。

 シアトルでは、平和的に抗議運動を行う市民に対し、警官が崔流ガスや空気銃を使用したことから、市民が警察管区を占拠して、自治区を設立した。

 この自治区が設置された場所は、LGBT(性的マイノリティ)やカウンターカルチャー(サブカルチャー、対抗文化)のコミュニティがある、キャピトルヒルというエリアだった。ここは1990年代のグランジなど、シアトルの音楽文化が栄えた場所で、アーティスティックなクラブやバーが集まる場所なのだ。

 私がこのエリアに遊びに行ったのは数えるほどだ。印象に残っていることがある。

 週末のキャピトルヒルは、バーやクラブへ行く人々でごった返していたけれど、それらの店が立ち並ぶ場所に、大きなフィールドがあり、そこで大勢の若者が野球を楽しんでいたのだ。

 ライトで照らされたそのフィールドは、昼間のように明るかった。酒場にある真夜中のフィールドで、若者たちが元気いっぱい走り回っている姿は、不思議な光景だった。

 さて、6月8日に設置されたこの自治区では、水、サニタイザー、スナックなどが無料で配られた。屋台の売り上げはホームレスに寄付され、ヘルスケアのステーションも設置された。スクリーンでは、人種差別をテーマとしたドキュメンタリーフィルムが映し出され、ステージではヒップホップのバンドがパフォーマンスをした。

 ここでは警察に代わり、市民が銃を携帯し、治安を守っていた。

gettyimages-1219256716-612x612 結局、シューティングなどの事件が続き、7月1日に閉鎖されたけれど、このようなことができたのは、シアトルだったからだと思う。

 まず、警察がその管轄区を開放したことも信じがたい。

けれども、シアトル市長は憲法第一条に基づき、平和的な抗議運動を行う市民の権利を尊重し、トランプ大統領の介入を拒否した。

 

 本来アメリカ国民は、憲法第一条により、表現の自由、報道の自由、平和的に集会する権利、請願権が守られているのだ。

 差別主義者が少ないという市民性に加え、黒人人口が少ないこともひとつの要因だったと思う。

抗議運動に参加する本人や家族が、警察官の暴力の被害者であれば、その感情はもっと激しくなる。また、警察官のターゲットである黒人が抗議者にいれば、警察官の感情ももっと激しいものだろう。

 実際、オレゴン州のポートランドやノースキャロライナ州のアシヴィル、テネシー州のナッシュビルなども、シアトルを真似て自治区設立を試みたけれど、警察の介入により失敗している。

 シアトルの自治区は結果的に閉鎖されたけれど、成果がなかったわけではない。

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〇シアトル市長の決断

 シアトル市長は、警察への予算削減といったコミュニティ側の要求に応え、警察官の増員保留、2千万円の予算削減などを提案した。

警察予算の削減は、今回全米で行われている抗議運動の要求のひとつだ。この予算は、警察官の給料、福利厚生、残業手当などに充てられる。警察組織は国家公務員だけれど、検挙数が上がれば増額を要求できるため、各警察署長はこの予算維持と増額にこだわり、逮捕に精を出す。もちろん、そのターゲットは黒人だ。この国の警察組織は白人至上主義者と深くからみあっている。

 1981年、大統領に就任したロナルド・レーガンは、ニカラグア共和国の反政府組織のコケイン密輸を黙認し、黒人ギャングに販売することを支援した。そのコケインは、あっと言う間に全米の黒人コミュニティを破壊しながら広がっていった。

 その結果、警察はより多くの黒人を薬物所持で逮捕することに成功した。1980年代の投獄人口は30万人から200万人以上に増加している。

 そして、この投獄によって、黒人コミュニティから父親がいなくなった。たとえ釈放されても犯罪歴があるため、仕事に就けない。彼らの多くは家族を養うために、再びドラッグ販売に手を出す。しかし、ドラッグ販売に関われば、最終的には牢屋に入るか、ギャングの抗争で殺されるかのどちらかだ。

 結局、そのコミュニティで育つ子供たちに、働いている父親像はない。彼らが目にする成人男性のほとんどが、ドラッグ中毒、ホームレス、そしてギャングなのだ。そして、そのような環境で、先生や医者、弁護士になりたいと思う子供はいない。見たことがないからだ。

 つまり、このコミュニティで育つ男の子には、チョイスがほとんどなく、ギャングにならずにいることは、とても難しいことなのだ。

 我が家のダンナの父親は、ギャングにも犯罪者にもならなかったけれど、彼が3歳のときに家を出て行った。これも珍しいことではない。

 黒人男性は、家族を養いたくても仕事がない。仕事が見つかっても白人たちの差別に耐えなければならない。さらに外に出れば、警察官の暴力を警戒し、家族をギャングから守らなければならない。彼らは常にプレッシャーの中で暮らしているのだ。

 ダンナはパパがいなくて寂しかったけれど、ある程度の年齢になれば、黒人男性がドラッグに手を出すことも、家族から逃げ出してしまうことも、理解できたそうだ。

 ダンナ自身も、

「音楽が俺を救ってくれた。音楽がなかったら、今頃どうなってたやろ?ギャングになって死

んでたか、ジェイル(牢屋)やろなぁ」

 と話している。


〇シカゴでの犯罪率

 そんなダンナが育ったシカゴでは、黒人男性の55%以上に重犯罪歴がある。そのほとんどが薬物所持だ。

 この国では、薬物犯罪は重犯罪に分類され、州によって期間や条件は異なるけれど、釈放後は投票ができない。フロリダ州ではつい最近まで、選挙権は生涯得られないという状態だった。

 

 つまり黒人逮捕は、この国の黒人の子供たちから父親と、様々な可能性を奪って、彼らの家族を崩壊すると同時に、彼らから選挙権を奪い、白人が法律をコントロールして、コミュニティの再建を阻止する効果があるのだ。

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 1998年、犯罪減少を目的に、クリントン大統領は10万人の警察官を増員した。これにより、さらに多くの黒人が投獄されると同時に、警察への予算も増額された。この増額は、メンタルヘルスや薬物対策、ホームレスに対する住宅供給への予算の先送り、または削減を意味する。

そして、この被害者の多くも黒人だ。

 予算は各州、各都市によって、警察組織の規模によって様々だけれど、ダラスの黒人警察署長が、

「警察への予算は多すぎる」

 と話していたことから、多くの都市は、市民を助けるためではなく、黒人の貧困を維持するために予算を作成していると思われる。 

 2010年に、出版された「The New Jim Crow」で、著者のミシェル・アレキサンダーが、この国のシステム化された人種差別は、オリジナルのジム・クロウに匹敵すると書いていたけれど、その通りだと思う。

 現代は、黒人用のレストランやホテルがあるわけではないので、表面的にはわかりにくいけれど、警察官による黒人逮捕のすべてが、この国で黒人にパワーを与えないことにつながっている。

 今回の抗議運動、Black Lives Matter運動により、各都市の警察組織の予算が、メンタルケアや教育機関などの予算に充てられ、警察組織の改革が行われることは、単純に、警察官の黒人に対する暴力を減らすだけではなく、長い目で見ると、多くの黒人が選挙権を得て、白人至上主義の、白人至上主義による政治に終止符を打つことにつながるのである。

 これまで白人は、あらゆる手段を使って黒人からパワーを奪い続け、黒人から家族を奪い、

貧しく不幸な人生を彼らに強いてきた。

 でも、彼ら黒人はリベンジなど考えていない。白人から権利を奪い、黒人至上主義国家をつくることなど考えていないのだ。

 彼らは強く、そして優しい。そんな彼ら黒人が警察官に怯えず、心穏やかに暮らせるように、そして黒人の子供たちが、父親のいる家庭で大人になれるように、そろそろこの国は変わってもいいんじゃないかな。

  そして、我が子に自分の仕事を自慢できる、そんな警察官が増えて欲しいなぁ。<了>



るる・ゆみこ★神戸生まれ。大学卒業後、管理栄養士で数年間働いた後、フリーターをしながらライヴへ行きまくる。2004年、音楽が聞ける街に住みたいという理由だけでシカゴへ移住。夜な夜なブルーズクラブに通う日々から一転、一目惚れした黒人男性とともに、まったく興味のない、大自然あふれるシアトルへ引っ越し、そして結婚へ。

http://blog.livedoor.jp/happysmileyface/