前回にも書いたとおり、チコ・バンクスは亡くなった後も、お気に入りのB.L.E.S.にとどまって、皆を驚かせた。
 
 さらにダンナにもサプライズを残していった。

「おれはチコ・バンクスだー!」

 と自信満々でステージに立つチコに対し、ダンナは常に一歩引いた雰囲気だった。
 
 とはいえ、女性に関してはライバル同士、ブルーズクラブでバーテンをしていた女性が妊娠したとき、この2人が父親の候補者。当時独身だったダンナは既婚のチコを心配して、
「おまえ、どうするの?」
 と聞くと、チコはどんよりした声で、
「おれはおまえがは父親であることだけを願う」
 と言った。
 そして、そのチコの願いは、亡くなった後に現実となる。

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 生まれてきた娘のママの依頼で、DNA鑑定が行われると、チコはパパじゃないことが発覚。ダンナにDNA鑑定の依頼がきた。どうやら容疑者は4、5人いたらしい。

 そして鑑定の結果、なんとダンナが犯人と決定!
 
 ダンナには娘が、彼の息子には妹が、娘にはパパとお兄ちゃんができた瞬間だった。
 
 実は息子が3歳になるまで、息子のママと3人で、シアトルで暮らしていた。息子のママとは結婚はしていなかったし、相手は白人の女性だ。
 大人の事情は難しい。
 シカゴへ戻った彼の唯一の喜びは、春にはダンナがシアトルへ行き、冬になると息子がシカゴへ来て、年に2回、親子の時間を過ごすことだった。

 その息子がティーンエイジャーになると、ダンナは父親としてそばで暮らすことを望んだ。
 ちょうどシカゴではミュージシャンとしてキャリアを積み、これからダンナ世代の時代になるぞ、というタイミングだった。
 しかし、彼には自分のキャリアよりも大切なことがあった。ティーンエイジャーになった息子に、黒人のルーツ、黒人としての誇り、そしてこの国で、黒人が生き抜く技を教えなければならなかった。

 2020年5月25日、警官によってジョージ・フロイドさんが殺害され、現在、多くの人々が抗議のために立ち上がっている。
 アメリカでは黒人の法的、社会的、政治的、経済的な平等を構造的に再建させる取り組み、つまりリコンストラクションがこれまでに二度あった。

 第一期は南北戦争後、奴隷制が崩壊し、黒人たちに公民権を与える取り組みが進められた1865年から1877年。
 第二期は、モンゴメリー・バス・ボイコット事件が起こった1955年から、キング牧師が暗殺され、非暴力主義の差別運動が終わる1968年まで。

 しかし、彼らに平等が訪れることはなく、警官は黒人に暴力をふるいつづけた。

 1940年代以降、リチャード・ライト、ジェームズ・ボールドウィンは文章で人種問題を訴えた。
 1966年、モハメド・アリは、ボクシングのライセンスをはく奪され、徴兵拒否で有罪となっても、彼は真の正義を貫き、人種差別と戦った。
 1968年のメキシコオリンピックで、トミー・スミスジョン・カルロスは表彰台で、拳を突き上げ(ブラックパワー・サリュート)、黒人の人種差別に抗議をした。
 1970年代になると、カーティス・メイフィールドが音楽を通して人種の尊厳、黒人コミュニティーの問題を唱えた。
 スパイク・リーは映画を通して、黒人差別問題を提議し続けている。
 しかし、この国はなかなか変わらなかった。
 
 黒人はテールランプが故障した車に乗っていたら殴られ、万引きをしたら射殺される。
 両手を挙げていても射殺される。駅に向かって走っていると取り押さえられる。散歩をしていると、不審者として銃を向けられる。ときには警官がこっそり置いたドラッグによって麻薬保持で逮捕され、抵抗したら首を絞めて殺された。
 
 黒人男性は、家を一歩出た瞬間から、常に警官に殺される危険にさらされつづけた。
  
 2016年7月13日、NBAのレブロン・ジェイムズ、カーメロ・アンソニー、ドゥウェイン・ウェイド、クリス・ポールが「Black Lives Matter」のスピーチをした。



 2016年8月26日、NFLのコリン・キャパニックは、
 「このような差別がまかり通る国に敬意は払えない」
 と、試合前の国歌斉唱で起立を拒否、たったひとりで抗議運動に立ち上がった。この行為は他の選手に波及していった。
 アメリカでは、スポーツ選手が国民に与える影響はとても大きい。このとき何かが変わるかも・・・と期待した人は私だけではなかったと思う。
 しかし、平和的な抗議をするキャパニックを尊重し、その行為を支持したNFLに対し、トランプ大統領は、
「国に対する侮辱だ!膝をつく選手は解雇するべきだ!」
 と攻撃し、NFLは膝をつく行為を禁止する規則を打ち出した。
 トレイヴォン・マーティン、エリック・ガーナー、マイケル・ブラウン、タミア・ライス、ラクァン・マクドナルド、フレディ・グレイ、フィランドウ・キャスティル、テレンス・クラッチャー、キース・スコット、アントォン・ローズ、アマード・アベリー、ブリオーナ・テイラー・・・ここ8年間で記憶に残っている事件だ。

 これらの事件のいくつかは、市民によって撮影され、ソーシャルメディアでその様子が拡散された。
 事件が起こるたびに、「Black Lives Matter」抗議運動は起こり、抗議が終わらないうちに、次の事件が起こった。
 そして、今回のジョージ・フロイド事件だ。
 これまでにも、残虐な事件はいくつもあったけれど、ミスター・フロイドの死は多くの人々の心に響いた。警官のデレック・チョーヴィンは、ミスター・フロイドが命乞いをし、怒涛の苦しみの中にいるにも関わらず、まるで何事もないかのように、ポケットに手を入れたまま、彼の首にプレッシャーをかけつづけた。
 この映像を観た人は、人間の心が欠落した、恐ろしい生き物として、チョーヴィンの姿をとらえたかもしれない。
 これまで警官たちの虐待を訴え続け、その現実と戦ってきたダンナたち黒人にとっては、
「やっと、わかってくれた」
 という思いと同時に、
「どうしても今までわかってもらえなかったのだろう?」
 という不思議な気持ちもあった。
 
 ダンナはこの13年間、息子が黒人という理由だけで命を落とさないよう、これら事実を必死で伝えてきた。しかし、人種差別のマイルドなシアトルで、白人のママに育てられた息子が、そのことを現実としてとらえることはむずかしかった。

https://www.youtube.com/watch?v=vksEJR9EPQ8&t=31s&bpctr=1592449904
 この国における黒人差別は、貧困を強いられている黒人の暮らしとその現実は、それ以外の場所で暮らす人々の目には触れないよう、実に見事にプランニングされ、そしてシステム化されてきた。
 しかし、ミスター・フロイドの死によって、息子はついに父親が必死で訴えつづけたことを理解した。多くの国民が、そのことに気付いた。
 そしてアメリカ国民が動いた。スポーツ選手、スポーツ団体が立ち上がった。企業がこの運動をサポートし、政治家も腰を上げた。コンフェデレート・モニュメント(南北戦争期の連合国を顕彰する記念碑)が撤去されはじめた。
 NFLコミッショナーのロジャー・グッデルは、選手たちの声に耳を傾けなかったことを公に認めた。シアトルシーホークスのコーチ、ピート・キャロルは、2017年にコリン・キャパニックとの契約にサインをしなかったことを後悔していると述べた。
 NBAミルウォーキー・バックスのヤニス・アデトクンボは、市民とともに抗議運動に参加し、元ダラス・マーヴェリックスのダーク・ノヴィツキーは、抗議後の清掃を行った。マイケル・ジョーダンは人種差別撲滅と社会正義に貢献する団体に対し、110憶円を10年間に渡って寄付を行うことを発表した。

 アメリカのスポーツで、最も南部の白人色が強いNASCAR(モータースポーツ団体)が、この抗議運動のサポートを表明し、今後、観客がコンフェデレート・フラッグをイベントに持ち込むことを禁止した。
 ニューヨーク市長は、首絞め行為禁止を含む、いくつかの法案にサインをした。
 ケンタッキー州ルイビルでは、令状なしの無断家宅捜査を禁止し、ボディカメラの携帯を必須とした。これは3月13日、麻薬の売人の家と間違えて、深夜1時に家の中へ突入してきた3人の警官によって、就寝中に射殺されたブリオーナ・テイラーの事件に起因している。
 テネシー州の警察署長は、ミスター・フロイド事件について、警察を弁護する警官にはバッジの返還を求めると公表した。

 これらは、過去に見られなかった動きで、活動家の中には第三期リコンストラクションだと考えている人もいる。

 しかし、警察組織の体質は、そう簡単には変わらない。
 
 世の中が正義を訴える中、警官はデモ隊を弾圧し、20人近い人が亡くなっている。その多くが黒人だ。
 黒人に対する射殺事件も起きている。
 市長たちは、ただちに事件を起こした警察官を解雇し、再調査を命令しているにも関わらず、同様の事件が続いている。
 つい先日提出された、ブリオーナ・テイラー事件の報告書には、彼女の死体は無傷だと記されていた。3人の警官も処分されていない。
 ニューヨーク警察は、
「俺たちを暴漢のように扱うな!俺たちに敬意を払え!黒人の母親は、我が子が警官に殺されずに帰宅できるかどうか不安を抱いている?俺らは、どんな世の中で暮らしてるんだ!」
 と、驚きのスピーチをした。
 シカゴ警察は、暴動で6万5千本もの911コールがあったにも関わらず、そのほとんどを無視した。またシューティングのシーズンに入った5月31日、24時間で18人もの市民(黒人)が亡くなったけれど、警官の姿はどこにもなかった。
 なかには市民に寄り添って抗議運動をサポートする警官もいるけれど、それほど多くはない。警察ユニオンは、我々が考える以上の力を持っているに違いない。

 トランプ大統領は、自国民が行う抗議運動抑圧のために派遣した、ナショナルガードや警官に対し、労いの言葉をかけた。
 我々が暮らすシアトル市では、市長が禁止していたにも関わらず、警察がデモ隊に対して催眠ガスを使用したため、町の一角に警察や州政府の介入を必要としない「自治区」が発足した。
 ここでは警察の黒人虐待に対する抗議はもちろん、警察予算の削減、デモ行為で逮捕された人々の刑事罰軽減を求めて、穏やかな抗議運動が行われている。

 これに対しトランプ大統領は、抗議者を無政府主義者だと批判し、市長に弾圧を命じている。 
 国民は11月に行われる大統領選で、このトランプの再選を阻み、システム化された人種差別の崩壊を目指す。
 ところが、先日ジョージア州で行われた予備選挙では、黒人住民の多い投票所の機械だけ故障していた。恒例の投票妨害ではないだろうか。
 このように警官の暴力、トランプ大統領の国民に対する抑圧は今だにつづいている。
 現在、アメリカ合衆国は変わろうとしている。多くの団体、企業、政治家たちが、国民の正義を訴える声に耳を傾け、犯罪を犯罪として裁く、正しい世の中へ向かおうとしている。ここに至るまで、数えきれないほどの黒人が犠牲となり、血を流してきた。もう十分である。

 ジェームズ・ボールドウィンは、1989年のインタヴューで、
「おれが生きてきた60年間、市民権の問題には時間がかかると言われてきた。すでに父や母、叔父、姉や兄の時代は終わった。今は甥の時代や。この問題の前進に、どれだけの時間が必要なんや?」
 と話していた。
 2020年、やっとその時代がやってきたと信じたい。第三期リコンストラクションの成功を、心から祈っている。


るる・ゆみこ★神戸生まれ。大学卒業後、管理栄養士で数年間働いた後、フリーターをしながらライヴへ行きまくる。2004年、音楽が聞ける街に住みたいという理由だけでシカゴへ移住。夜な夜なブルーズクラブに通う日々から一転、一目惚れした黒人男性とともに、まったく興味のない、大自然あふれるシアトルへ引っ越し、そして結婚へ。

http://blog.livedoor.jp/happysmileyface/