「なんでグラディスは国歌斉唱を引き受けるねんっ!!!リハーナ(Rihanna)は辞退したやん!!!ううぉ~っ!!!」
「スーパーボールは国民的行事やからな。ミュージシャン人生で、一度は歌いたかったのはわかるけど!」
「でもキャパニックは黒人のために戦って、選手生命絶たれてるのに!キャパニックを、サポートしないグラディスは私のGIRLじゃないっ!!!」
「彼女は黒人ファンの半分を失ったと思うで」
「グラディスは私も失った!!!!!」
「俺らの世代はグラディスを聞いて育ってんで。歴史を刻んだシンガーとして、グラディスをリスペクトしない黒人ミュージシャンはおらんよ。でも、このラインだけは、絶対に超えて欲しくなかったなぁ」
これは2019年の話。グラディス・ナイト(Gladys
Knight)が、NFLスーパーボールで国歌を歌うことになった。ダンナ以上に私が怒る理由は、グラディスは常に私のアイドルだったからだ。私としては、黒人のために抗議を続けるNFL選手、コーリン・キャパニックをリスペクトして、きっぱり断って欲しかった。
2016年8月26日、サンフランシスコ49(フォーティ・ナイナーズ)のコーリン・キャパニック(Colin Kaepernick)は、試合前の国歌斉唱時に、起立することを拒否した。
キャパニックの選手生命、そして人生を賭けた抗議運動の始まりだった。
「黒人に対する警察官の暴力を、これまで数えきれないほど見てきた。亡くなった方の数は増える一方だ。ストリートには死体があるというのに、撃った警察官は有給で休暇を取り、殺人から逃れている。しかし、人々はこの状況に対して無神経になり、社会への関心をなくしている」
キャパニックがフォーカスする問題は、警察官の黒人に対する暴力と、その暴力や殺人が無罪になる、この国の法システムだ。抗議の目的は、人々がこの問題に気付き、目を向けることだった。
ところが、彼のシンプルなメッセージは、当時の大統領、トランプによって大きくゆがめられる。
「国歌斉唱時に起立せず、我が国を象徴する国旗に敬意を示さない奴は非国民だ!国に対する冒とくだ!」
NFLは、プロスポーツの中でも政治的で、特に共和党、軍隊を支持してきた。選手の70%は黒人だけれど、幹部やオーナー陣、ファンのほとんどが白人だ。トランプ支持者も少なくない。
リーグのパワーは、もちろん白人側だ。NFLはただのスポーツではなく、アメリカの象徴だった。
そのNFLで、黒人のキャパニックが国歌斉唱時に起立せず、膝をついた。抗議の内容以上に、その行為がフォーカスされた。
昨日までのファンが一転し、キャパニックと、彼とともに膝をつく選手を攻撃した。それは憎悪に近いもので、自殺を考えた選手もいた。
しかしキャパニックの決意は揺るがない。
「黒人が警察官に殺される社会が、当たり前になってはいけない!人々は、この現実が異常であることに気付かなければならない!
NFLのクウォーターバックのパワーは、金を稼ぐことではない。人々に与える影響にこそ貨幣価値がある。私はこのポジションを、抗議のために、より良い社会のために利用する!」
一方トランプは、大統領というパワーを利用して、NFLをコントロールし、キャパニックをつぶそうとした。スポーツで成功し、高収入を得る黒人選手は、白人サポーターのターゲットに最適だ。トランプは、この抗議運動を政治に利用した。
しかし、トランプは気付いていなかった。リーグ、オーナー陣も理解していなかった。選手たちがついに目覚め、そして正義に向って動き始めていた、ということに。
NFLの抗議運動は、スポーツ界のヒストリーに残る、パワーのシフトチェンジだった。
9月1日、試合前の国歌斉唱時、フィールドには、キャパニックとチームメイトのエリック・リー(Eric Reid)の姿があった。彼らは膝をついていた。
膝つきのアドヴァイスをしたのは、元シアトル・シーホークスのネイト・ボイヤー(Nate Boyer)だ。
彼は陸軍特殊部隊群に6年間在籍した経歴を持つ。ネイトはキャパニックの行為を理解した。「しかし国旗は国の、そして彼ら軍人の象徴だ。彼はキャパニックに膝をついて欲しいと言った。戦場では、同志が亡くなったとき、その名誉を称えて膝をつく。ただ座っているよりも国旗に敬意を示していると感じることができる。
キャパニックは、ネイトの提案を受け入れた。
コーリン・キャパニック(1987年生まれ)は、白人夫妻の養子として育てられた。両親と違う肌の色を持つ彼は、早い時期から人種差別に対する認識があった。
彼には野球のピッチャーとして、素晴らしい才能があり、多くの大学が彼の入学を望んだ。しかし、彼が選んだのはフットボールだった。
彼がサンフランシスコ49erに入団したのは2011年、24歳のときだ。
翌年のシーズン中盤、クウォーターバックのバックアップとして先発したことをきっかけに、そのポジションを手に入れる。攻撃のリーダー、チームの勝利を左右する、NFLのクウォーターバックだ。キャパニックが憧れ、欲したポジションだった。
キャパニックの才能は、とにかく頭が良く、常に冷静なことだ。そして、彼は大きく(195センチ104キロ)、強く、そして身長が高い選手では珍しく、俊足だった。
2013年1月12日、グリーンベイ・ペッカーズとの対戦で、彼は181ヤード突撃する。歴史的パフォーマンスだった。
2016年、キャリアを失う覚悟の上で、彼は抗議運動を開始した。
その頃には、リーグの多くの選手が、彼の才能はもちろん、その人柄も理解していた。
「多くの選手が彼のことをリスペクトしている。俺たちはみんな、彼は自分の良心にしたがって、抗議運動を始めたと思っていた」
と話すのは、シアトル・シーホークスのリチャード・シャーマン(Richard Sherman)だ。
「選手としてはもちろん、彼が抗議運動を始めたことにも感謝している。私は国旗に対して違う考えがあるので起立する。けれども、彼や他の起立しない選手を100%リスペクトします」
と言うのは、キャパニックを応援した数少ない白人選手、ペッカーズのアーロン・ロジャース(Aeron Rodgers)だ。
エリック・リー(1991年生まれ)のモチベーションは、父親の教えだ。
「アメリカで黒人として生きることは困難なチャレンジだ」
と言う彼の父親は、耐えるのではなく、戦うことを息子に教えた。
リーが学校で不当な扱いを受けたとき、父親は息子のために教師と校長と戦った。
「法をリスペクトし、大人をリスペクトし、自分が信じることのために立ち向かえ!」
抗議運動を始める数カ月前、彼の出身地、ルイジアナ州バトンルージュで、アルトン・スターリング(Alton Sterling)が警察官に射殺された。このときリーは家族を思った。アルトンは自分の家族、もしくは自分だった可能性もある。
「奴隷制が終わっても、ジムクロウ、ニュー・ジムクロウ、膨大な数の投獄など、そのスタイルと名称が変わっただけで、黒人に対する組織的抑圧は400年前から変わっていない。私はそのことについて、何か言わなければならない!」
この二人の選手は、プロアスリートというステイタスが持つパワーを理解していた。
しかし、彼らの真意を無視し、攻撃してきた男がいる。トランプだ。
ちょうどその頃、合衆国は大統領選を目前にしていた。白人は、オバマが大統領になって以降、黒人がパワーを握ることに怯えていた。トランプの出馬は、アメリカの人種バランスを取り戻すチャンスだ。白人至上主義者に勢いがつき、その年のヘイトクライムは226%も上昇した。
「国を象徴する国旗をリスペクトできない奴は、この国から出ていけ!」
トランプの言葉に、白人サポーターは一気に盛り上がった。
もともとNFLには、人種差別、白人至上主義の歴史がある。リーグから、黒人選手を完全に追放した時期(1934年から1946年)もあった。
リーグにとって、選手は金儲けのツールで、ファンにとっては、
「黙ってフットボールだけしとけ!」
という存在だった。
もちろん、選手は何度かストライキを起こしている。けれども金のあるオーナー陣は、
「放置しておけば終わる」
という考えだ。
1987年のストライキでは、ダラス・カーボーイのオーナーが、
「選手は牛と同じや。オーナーは牧場主で、いくらでも牛を手に入れることができる」
とコメントした。
そしてリーグ至上、白人至上のメンタリティは、37年前から大きく変わっていない。
NFLと共産党は互いに支持しあい、そのパワーを維持してきた。
例えば、試合前にフィールドで国旗を広げ、ハーフタイムにミリタリー・ジェットを飛ばすイベントがある。
軍隊へのリスペクトと愛国心を示すパフォーマンスだ。
このパフォーマンスのために、国防省庁がNFLに支払った額は$6.8ミリオンだ。
共産党は、彼らの政治をNFLに持ち込み、NFLは、その金で選手を支配する。
NFLはアメリカの縮図だ。そのNFLで、黒人選手が膝をついた。
許されるはずもない。
トランプの攻撃に、FOXニュース、共和党よりのメディアが飛びついた。
「ミリオンダラーを稼いでいるくせに、国歌斉唱時に起立できない?冗談でしょ?」
「起立できないなら、お前が好きな他の国へ行って、敬礼しとけ!」
「Boy(侮辱した呼び方)は旗をリスペクトし、ボールを投げることに執着しとけ!」
キャパニックの「警察官の黒人暴力に対する抗議」は、トランプとメディアにより、「国家と軍隊に対する冒とく」にすり替わった。
そしてトランプ支持者、ファンの攻撃が始まった。
SNSで、キャパニックが肉体的脅迫を受けた数を数えていた記者がいた。彼は、1万回を超えたときに数えるのをやめた。ニガーという言葉は2万5千回でやめた。
この記者は、キャパニックに抗議運動をやめることを勧めた。彼のキャリアを思ってのことだ。
しかし、彼には覚悟があった。
「私は軍隊に対して抗議しているのではない。私は国旗が本来象徴するべきこと、全国民の自由と正義を象徴するまで戦い続ける。それで私の人生が終わっても構わない」
キャパニックは、抑圧された人々をサポートする組織に$1ミリオン、続いて警察官に殺害された家族など、いくつかの組織に多額の寄付をした。彼が、シリアスにこの問題に取り組んでいること、人生を賭けていることは誰の目にも明らかだった。
キャパニックに賛同し、膝をついた選手たちも、数えきれないほどの脅迫状を受け取った。
“お前は死ぬ!ホワイトパワー!”
“今日、お前の娘の後をつけて学校まで行ったぞ”
“ジェイルでレイプされろ!”
“アフリカに帰れ“
“お前の家に爆弾をしかけるぞ!”
“ここはトランプ、俺たちの国や!“
“フットボールをするだけのニガーやと気付け!”
その内容は、ぞっとするものばかりだ。
これまで言葉を交わし、ハイファイヴをしていたファンから、ニガーと呼ばれるようになり、ビンを投げつけられた選手もいる。
ロッカーに入ってきたファンに、ジャージを燃やされた選手もいる。
あるとき、スタジアムの外で、誰かが爆竹をならした。その音は選手全員を恐怖に陥れた。彼らは、銃を持ってスタジアムに入ってきたファンに撃たれる不安を常に抱いていた。
そして何よりも、家族への攻撃を恐れた。銃を購入した選手もいる。
恐怖は24時間続いた。
しかし、彼らの意思は固かった。
キャパニックが抗議運動を始めた直後から、一度も膝つきをやめていない選手が、マイアミ・ドルフィンズのケニー・スティルズ(Kenny Stills)だ。彼はオフシーズンのほとんどの時間を、公民権活動、ボランティアに費やすことで知られていた。
「自殺しろ!クビをつれ!ブリッジから飛び降りろ!」
ファンの脅迫に、彼が怯むことはない。
インディアナポリス・コルツのアントニオ・クロマティー(Antonio Cromartie)は、母親の違う14人の子供の父親だ。仕事を失うわけにはいかない。けれども、
「自分自身の信じることを裏切ることはできない」
と言って、膝をついた。チームメイトは彼の周囲に立ち、膝をつく彼を隠してくれた。
シアトル・シーホークスのマイケル・ベネット(Michael Bennett)は、トランプサポーターと戦うために、白人選手にも抗議運動へ参加するよう働きかけた。
「試合が終われば、私はただのアメリカで暮らす黒人だ。メルセデスを運転する30歳の私は、悪いことをしていなくても、警察官が後ろについたらナーヴァスになる。警察官は、俺がジャイアンツの選手だとわかると、態度を変える。私はこれらすべてを変えるつもりだ」
と話すのは、ニューヨーク・ジャイアンツのジョナサン・カシージャス(Jonathan Casillas)だ。
自宅に脅迫状を送りつけられたのは、テネシー・タイタンズのダラニー・ウォーカー(Dalanie Walker)だ。彼の息子はSNSで脅迫メッセージを受け取った。ウォーカーはセキュリティを配置し、抗議運動を継続した。
チームで忘れてはならないのが、シアトル・シーホークスだ。
シーホークスは、キャパニック同様、自分たちのパワーを、フットボールよりも大切なことに使うべきだと考える知的集団だ。さらに、リチャード・シャーマン、マーシャン・リンチ(Marshawn Lynch)を筆頭に、発言を恐れない、タフなチームとしても知られている。多額の収入と引き換えに黙る選手はシーホークスにはいない。
そして、その強さはファンに支えられている。選手が抗議運動をすると、他の土地ではブーイングが起こるけれど、シアトルでは声援が送られる。
シーホークスは、キャパニックが抗議運動をはじめるとすぐに、対戦相手から同志に変わった。このようなチームの姿勢は、他のチームや選手にも影響を与えた。
キャパニックの抗議運動は、多くの選手を目覚めさせた。
それに対し、NFLがしたことは、選手を守ることではなかった。
まず、キャパニックの仕事を奪った。<つづく>
るる・ゆみこ★神戸生まれ。大学卒業後、管理栄養士で数年間働いた後、フリーターをしながらライヴへ行きまくる。2004年、音楽が聞ける街に住みたいという理由だけでシカゴへ移住。夜な夜なブルーズクラブに通う日々から一転、一目惚れした黒人男性とともに、まったく興味のない、大自然あふれるシアトルへ引っ越し、そして結婚へ。